霊界に方位はない、人民は東西南北と申しているなれど、今に東の東が現れるぞ。
霊界では光の射す方が北じゃ、その他の東西南北は皆南じゃ、北が元じゃ、
北(基田)良くなるぞと申してあろうがな。
鳴門の渦巻きを渡る時は舵を放して、手放しで流れに任せると渡れるのであるぞ、
舵を取ると同じ処をグルグルじゃ。舵を放せる人民少ないのう。
何でもかんでも舵を取って自分の思う通りに舟を進めようとするから大変が起こるのじゃ、
渦に任せる時は任せなければならんぞ、ナルトの仕組みの一面であるぞ、大切ごとぞ。
昭和36年9月1日(1961年 辛丑 皇紀2621年)
〇番出口でもなければ、ダンジョンでもない(その話はまた今度)。
そう大した話では無いのですが、SARS-2についての投稿は急いでトップページから隠したかったというだけです。あの話が公に出来るには時節が早すぎます。それにはまず、世の中の既成概念が壊れてからでないとダメなのです。一方で、あの投稿を必要とする人がいるかも知れない。確かに個々の記述はネットからの引用です。だけどあの話を一覧で網羅しているサイトを私は知らない。そしていつの日か、国や企業に責任を取らせる時が必ずやって来るハズ。だからその日、その人たちのためにやっておこうと。
さて日月神示で「北」を含む帖文は、18あります。太平洋戦争中が
上つ巻 第二十五帖(北から来るぞ)、同 第四十帖(北も南も東も西もみな敵ぞ)、富士の巻 第十六帖(北から攻めて来る時が)、同 第二十三帖(北に気つけよ)、天つ巻 第二十七帖(北拝めよ、北光るぞ、北良くなるぞ)、日月の巻 第十九帖(北に気つけよ)、日の出の巻 第七帖(北に気をつけと、北がいよいよギリギリだと申して執念気つけてあったこと近くなったぞ)、日の出の巻 第二十帖(北に気つけてくれよ)、磐戸の巻 第六帖(←今ココ)、夜明けの巻 第二帖(北良くなるぞ)
戦後、
岩の巻 第一帖(無理やりに北に押し込めなされたのだぞ)、地震の巻 第六帖(霊界人は、その向いている方向が北である。しかし、地上人のいう北ではなく、中心という意味である)、祭りの巻 第十四帖(北、東、南、西の順に柏手四つずつ打ちて祓い下されよ)、秋の巻 第十六帖(磁石が北に向くよう)、扶桑之巻 第八帖(その東とは、東西南北の東ではないぞ、このことよくわかって下されよ。今の方向では東北(艮)から救いの手が差し伸べられるのじゃ、艮とは東北であるぞ)、極め之巻 第九帖(東木、南火、中土、西金、北水、これを五行と申す)、至恩之巻 第五帖(人民の頭に、東西南北の四方があり八方と拡がるであろうが)、五葉之巻 第二帖(霊界に方位はない、人民は東西南北と申しているなれど、今に東の東が現れるぞ。霊界では光の射す方が北じゃ、その他の東西南北は皆南じゃ、北が元じゃ、北(基田)良くなるぞと申してあろうがな)
天つ巻、磐戸の巻、夜明けの巻の三巻って、戦時中に降りた神示の割に不思議な印象があって、先々の事を伝えているような感じを受けるのは私だけですか?実際、「北」の部分だけピックアップしてみても、他の「北」は確かに「ソ連の対日参戦を予告している」ように見えますが、天つ巻 第二十七帖の「北拝めよ、北光るぞ、北良くなるぞ」と夜明けの巻 第二帖の「北良くなるぞ」は、まるで戦後の地震の巻 第六帖、五葉之巻 第二帖の霊界から見た「北」を連想させます。
岩の巻 第一帖での「無理やりに北に押し込めなされたのだぞ」とは、扶桑之巻 第八帖の「その東とは、東西南北の東ではないぞ、このことよくわかって下されよ。今の方向では東北(艮)から救いの手が差し伸べられるのじゃ、艮とは東北であるぞ」と同じ意味かと思います。極め之巻 第九帖の「北水」は「五行」についての話であり、別問題と言えます。祭りの巻 第十四帖の「北、東、南、西の順に柏手四つずつ打ちて祓い下されよ」とは、地上人から見た方位と見做して間違いないでしょう。では、残る磐戸の巻 第六帖でいう北、南、東、西とは、ざっくり見た地上人から見た方位だと思います。
磐戸の巻 第六帖
北、南、宝出す時近づいたぞ、
世の元からの仕組みであるから めったに間違いないぞ、
これからいよいよ臣民にはわからなくなれど仕上げ見て下されよ、
何事も神の申すこと聞いて 素直になるのが一等だぞ、
神示出ぬ時近くなったぞ、神示出なくなったら口で知らすぞ、
神示早う腹に入れぬと間に合わんことになって来るぞ、
西も東もみな宝あるぞ、
北の宝はシオミツ(潮満つ)だぞ、
南の宝はシオヒル(潮干る)だぞ、
東西の宝も今にわかって来るぞ、
この宝あっぱれ、この世の大洗濯の宝であるぞ。
昭和20年1月4日(1945年 乙酉 皇紀2605年)
この投稿のオリジナルは、トカラ列島で今までの常識を超えるレベルの群発地震が起こっていた頃に書いたものです。「お住まいの方は不安でしょうけど、逆にエネルギーが小出しで逃げていってるからである事を願ってやみません。」とも書いたのですが、それは鬼界カルデラや姶良カルデラの近くだった事があります。一方で北と南だけならともかく、東と西に言及するなら、ここを「南」とするにはあまりにも西過ぎるとも思います。
姶良カルデラ
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/姶良カルデラ
鬼界カルデラ
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/鬼界カルデラ
鬼界アカホヤ火山灰
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/鬼界アカホヤ火山灰
破局噴火
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/破局噴火
特に鬼界カルデラの約7300年前の大規模カルデラ噴火は過去1万年の内では世界最大規模で、火砕流が九州南部にも到達した結果、九州南部の縄文文化を壊滅させたと推測されているようです。
例えば1990年から1995年にかけて噴火した雲仙普賢岳では、火砕流1回あたりのマグマ噴出量としては10 – 1000m3(VEI=0)、5年余りに渡る活動期間中の噴出物の総量では0.2 km3(VEI=4)程度、また20世紀最大の火山噴火とされる1991年のピナトゥボ山噴火はVEI=6であった(略)日本ではVEI-7以上の噴火は7000年 – 1万年に1回程度の頻度で発生している。最後のイベントは約7,300年前の鬼界カルデラ。太字はVEI-8。
7,300年前 – 鬼界:幸屋(船倉)降下軽石・及びintra-plinian flowとして船倉火砕流 → 大地震 → 竹島(幸屋)火砕流・及びco-ignimbrite ashとして鬼界アカホヤ火山灰。総噴出量 133–183 km3 DRE以上。
3万年前 – 姶良:大隅降下軽石・及びintra-plinian flowとして垂水火砕流 → 妻屋火砕流 → 入戸火砕流・及びco-ignimbrite ashとして姶良丹沢テフラ。総噴出量 380 – 430 km3 DRE。
3.9万年前 – 屈斜路:屈斜路Ⅰ火砕流。総噴出量 45〜87 km3 DRE。
4.6万年前 – 支笏:マグマ水蒸気爆発 → 降下軽石 → 火砕流噴火。総噴出量 100〜130 km3 DRE。
8.8万年前 – 阿蘇:Aso-4火砕流。総噴出量 380 – 790 km3 DRE。
風は西から東に吹くにも関わらず、朝鮮半島まで火山灰が到達しているのですから、現代に生きる私たちが、その破壊の程を窺い知る事なんて出来ませんが、これらの火山灰は遠く東北地方にまで及んでおり、縄文後期の気象変動のトリガーになっていると思います。実際、縄文時代後期に見られる人口の減少はこれが原因になっていると思います。上の図の九州地方の人口の計算は、稲作到来前後の頃のデーターがごっちゃになっていると思います。
それと磐戸の巻 第六帖には
北の宝はシオミツ(潮満つ)だぞ、
南の宝はシオヒル(潮干る)だぞ、
東西の宝も今にわかって来るぞ、
この宝あっぱれ、この世の大洗濯の宝であるぞ。
という記述があります。
山幸彦と海幸彦
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/山幸彦と海幸彦
西之島
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/西之島
「シオミツ」と「シオヒル」って、記紀でも言及されている「潮盈珠(しおみつたま)」と「潮乾珠(しおふるたま)」が似ているかな、という気も。「南の宝」とは西之島を指すのでしょうか?
日の出の巻 第十八帖
富士の御用は奥山に祀りくれよ、カイの御用も続けてくれよ、
江戸一の宮作ってくれよ、道場も同じぞ、
海の御用とは
海の鳴門と
海の諏訪と
海のマアカタと三所へ祀りくれよ。
その前の御用、言葉で知らせたこと済んだぞ、
海マアカタとは印旛ぞ。
十柱とは火の神、木の神、金の神、日の出の神、竜宮の乙姫、
雨の神、風の神、地震の神、荒れの神、岩の神であるぞ。
辛酉の日に祀りてくれよ。しばらく御神示出ないぞ。
皆の者 早う今までの神示 肚に入れてくれよ、神急けるぞ。
神示読めば神示出て来るぞ。神祀り早く済ませてくれよ
昭和19年12月21日(1944年 皇紀2604年 甲申)
「ナルトの仕組み」の記述があったので、こちらにも触れておきます。印旛沼の鳴門神業は、昭和19年12月28日、天明氏と矢野シン女史を中心に計五名で修められたようです。神事の場所は、甚兵衛渡しの水神の森だとされています。ここから船を出して、印旛沼に神の石を鎮めたそうです。


宗吾霊堂から甚兵衛渡しまで行った時の写真です。
キの巻 第二帖
神示読めば何もかもわかるようになっていることわからぬか、
尾張の御用 御苦労であったぞ、奥の奥のこと仕組み通りになっている、
臣民心配するでないぞ、一の宮は桜咲くところへ作れよ、わかったか、
天之日津久神奉賛会でよいぞ、大神津見の神と申しても祀りくれよ、
祭典、国民服の左の胸に八(や)たれの垂二本つけて 絹の垂つけて当分奉仕してよいぞ。
道場は一の宮と一つ所でよいぞ。
イイヨリ(飯依~四国、讃岐の国)の御用 タニハ(丹波~京都)の御用御苦労であったぞ。
皆の者いよいよだぞ、今から弱音では何もできんぞ、
春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケ、ハルマゲドンと申してあろうが、
いよいよだぞ、褌しめよ、グレンだぞ。
昭和20年2月26日(1945年 皇紀2605年 乙酉)
イイヨリの御用というのが海の鳴門の御用で、天明氏と他一名で修めたそうです。諏訪湖の鳴門神業は、天明氏の代理で三枝今朝春氏が修めたそうです。(以上、岡本天明伝[日月神示]夜明けの御用・黒川柚月氏/著)
ー
地球空洞説
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/地球空洞説
「霊界では光の射す方が北」と言われると、太陽を中心にして内向きの地表が囲んでいるようなイメージ…まぁ、物質界と比べるのもどうかと思いますが。

何か見覚えがあるような…?
私は夜勤で慣れているので明るくても寝られますけど…。
あと、ナルト。
離岸流
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/離岸流
海で泳いでいるうち、だんだん陸から離れて行ってしまった経験のある方もいらっしゃるとは思いますが(私も確か御宿でその経験あり〼)、そこで泳いでいなかったらそうならなかったでしょうから、結局は因果なのです。
世界一難しい迷路がこちら
ttps://tohyotalk.com/question/231956
目がやられそうになる迷路ですが、上から見てれば解ける人結構多いと思います。
私は投げましたが。
あなたが気が付いた時、来たことも無いアイキャッチ画像のような所にいた。しかしそこが上のリンク先のような迷路だという事を知らない。誰の助けも呼べず、道案内も無い…。
結局、私たちの人生ってこういうもんだと思うんですよ。ゲームみたいにセーブポイントも無ければ、補給物資があればいいけれど、HPが急激に回復したりもしない。リセットスイッチなんかありません。あるのはスイッチオフだけ。前に進むも立ち止まるのも結局、自分で選んだ道であるから「因」、着いた先が行き止まりだったり、道が続いているのも(そこから出られるのも)その結「果」です。「舵を放して、手放しで流れに任せると渡れるのであるぞ」というのは、ぶっちゃけていうと「なるようになる」ですが、道を誤れば(上の迷路のように)行き着く先も行き止まりになるわけです。言って「1/3」、思って「1/3」、行って「1/3」、全てが「+」なら「1」。信じた道をやる事やれば、後は「なるようになる」って信じる事です。
だから私も同じにように「答え合わせの最中」なのです。今までも結構間違えてばっかりだし、どうかな?

