二二の盗み合い、世の乱れ。
心して怪しいと思うことは、たとえ神の言葉と申しても一応は考えよ。
神の言葉でも裏表の見境なく唯に信じてはならん。審神者せよ。
薬、毒となることもあると申してあろうが。馬鹿正直、まことの道 見失うことあると申してあろうが。
道は易し、楽し。楽しくないのは道ではないぞ。奉仕ではないぞ。
世界に呼びかける前に日本に呼びかけよ。目醒まさねばならんのじゃ。それが順序と申すもの。
神示で知らせてあろうが。ここは種作るところ、種は人民で作れんぞ。
神の申すよう、神の息、いただいて下されよ。
天の道、地の道、天地の道あるぞ。人の道あるぞ。何も彼も道あるぞ。道に外れたもの外道じゃぞ。
道は一筋ぞ。二筋ぞ。三筋ぞ。曲がっているぞ。真っ直ぐであるぞ。
心得なされ。節分から
(オーヒツキオーカミ)と現れるぞ。讃えまつれ。
三年の大ぐれ。
昭和24年11月27日(1949年 皇紀2609年 己丑)
このブログは元々2024年1月1日に始めたのですが、その当時のブログのキャッチコピーは「日月神示に日常をこじつけるブログ」という何とも罰当たりなものでしたが、何について書かれたブログなのか?は分かりやすかったと思います。少なくとも現在の「0=1=i=∞=1⁄∞」に比べれば比べ物になりません。ただその事自体には後悔しておりません。
その理由は、2024年に「麻賀多神社に御札を返してきた」からでした。それがこの「黄金の巻 第二十九帖」の「心して怪しいと思うことは、たとえ神の言葉と申しても一応は考えよ」という一節でした。ですからその時そうした事に対しては、今でも「後悔していない」といえます。
ですが、天明氏からして「実際は様々な霊が懸かってきた」と明言しており(本人も霊障でやられた可能性を語っている)、「審神」が完全であったかどうか分からない上、日月神示は8通りに訳せるといわれているように、訳が正しいかどうかさえも分からないのです。実際、私自身も戦後の下巻の訳には違和感を感じている一人ではあります。あまりにも聖書的世界観を持ち込み過ぎです。他の宗教の解釈を比較研究するのは良いのです。ただ、訳者側の宗教観を神示の訳や神性にまで当てはめてしまった結果、
梅の巻 第二十一帖
身欲信心スコタンばかり、天津日嗣の御位は幾千代かけて変わらんぞ、
日の大神様、月の大神様、地の大神様、御血統弥栄弥栄ぞ。
日本の人民アフンとするぞ、皆それぞれのゆかりの集団にゝ入れよ、
神示ひふみ(一二三)となるぞ、
天明(岡本天明)は画家となれ、絵描いて皆にやれよ、弥栄となるぞ、やさかいやさか。
今度はキリスト教も仏教も何もかも生かさならんのぞ。
早くからこの方の元へ来ていても因縁あっても肝腎がわからんと後戻りばかりじゃ、
肝腎肝腎じゃ、
学もよいが、それはそれのようなものじゃぞ、
途中からの神は途中からの神、途中からの教えは途中からの教え、
今度の御用は元のキの道だぞ、世の元からの神でないとわからんぞ、できはせんぞ、
生まれ赤児の心とは途中からの心、教え、すっかり捨ててしまえということだぞ。
昭和21年12月14日(1946年 皇紀2606年 丙戌)
と、お叱りを受ける羽目になったのです。それは多分、岡本天明伝[日月神示]夜明けの御用(黒川柚月氏/著)の263ページにもあるように、日月神示研究会での論争が原因でしょう。逆に言うなら、私もこうして日月神示を解釈している以上、思い込みは排除しなければならないし、その事を心がけております。
以下に書く事は「この解釈が間違いであって欲しいとさえ思っている」のです。
五葉之巻 第十五帖
今に大き呼吸もできんことになると知らせてあろうが、その時来たぞ、
岩戸がひらけると言うことは
【半分のところは天界となることじゃ、天界の半分は地となることじゃ】、
今の肉体、今の理念、今の宗教、今の科学のままでは岩戸は開けんぞ、
今の肉体のままでは、人民は生きて行けんぞ、
一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分のところは入れ変えて、
ミロクの世の人民として よみがえらす仕組み、心得なされよ、
神様でさえ、このことわからん御方あるぞ、大地も転位、天も転位するぞ。
昭和36年9月1日(1961年 皇紀2621年 辛丑)
五葉之巻 第十六帖
マコトでもって洗濯すれば霊化される、半霊半物質の世界に移行するのであるから、
半霊半物の肉体とならねばならん、今のやり方ではどうにもならなくなるぞ、
今の世は灰にするより他に方法のないところがたくさんあるぞ、
灰になる肉体であってはならん、原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ、
今の物質で作った何物にも影響されない新しき生命が生まれつつあるのぞ。
岩戸ひらきとはこのことであるぞ、
少しくらいは人民つらいであろうなれど勇んでやりて下されよ、大弥栄の仕組み。
昭和36年9月1日(1961年 皇紀2621年 辛丑)
第十五帖の「半分のところは天界となることじゃ、天界の半分は地となる」は、第十六帖の「半霊半物質の世界」に係ると思います。この両者の記述、戦時中の以下の神示に関連しているのかも知れません。
夜明けの巻 第十一帖
岩戸開きのはじめの幕 開いたばかりぞ。
今度はみづ逆さに戻るのだから、人民の力ばかりでは成就せんぞ。
奥の神界では済みているが、中の神界では今最中だぞ。
時待てと申してあろうが。人民 大変な取り違いしているぞ。
次の世の型 急ぐ急ぐ。
昭和20年8月6日(1945年 皇紀2605年 乙酉)
神示読まないで、智や学でやろうとて、何もかも九分九厘で終局(厘止まり)ぞ。
我が我がが取れたらわかって来るぞ。慢心恐ろしいぞ。
昭和20年8月7日(1945年 皇紀2605年 乙酉)
広島原爆投下当日の神示です。この一帖は翌日にまたがっています。
夜明けの巻 第十二帖
あら楽し、あなさやけ、元津御神の御光の、輝く御代ぞ近づけり。
岩戸開けたり野も山も、草の片葉も言止めて、大御光に寄り集う、誠の御代ぞ楽しけれ。
今一苦労二苦労、とことん苦労あるなれど、楽しき苦労ぞめでたけれ。
申、酉過ぎて戌の年、子の年 めでたけれ。
一二三の裏の御用する身魂も今に引き寄せるから、
その覚悟せよ。覚悟よいか。待ちに待ちにし秋来たぞ。
昭和20年8月7日(1945年 皇紀2605年 乙酉)
ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そおたはくめか、
うをえ、にさりへて、のます、あせえほれけ。
昭和20年8月8日(1945年 皇紀2605年 乙酉)
広島原爆投下翌日の神示です。これも翌日にまたがっているのですが、注目すべき点は「あら楽し、あなさやけ」(あぁ、何と楽しいことか、なんと清々しいことか)という記述。ここから見る限り、「原爆投下を肯定」している事と、次の「元津御神の御光の、輝く御代ぞ近づけり」という記述からも、「言答(岩戸)をひらく事に関係している」可能性があります。実際に「一の言答(岩戸)」がひらいたのは、二年後の昭和22年8月15日(1947年)ですが、「言答(岩戸)をひらくための手段に原爆投下が必須だった」ようにも見て取れるのです。
今日までの御教えは、悪を殺せば善ばかり、輝く御代が来るという、これが悪魔の御教えぞ、
この御教えに人民は、すっかりだまされ悪殺す、ことが正しきことなりと、信ぜしことの愚かさよ、
三千年の昔から、幾千万の人々が、悪を殺して人類の平和を求め願いしも、それははかなき水の泡、
悪殺しても殺しても、焼いても煮てもしゃぶっても、悪は益々増えるのみ、
悪殺すというそのことが、悪そのものと知らざるや、神の心は弥栄えぞ、
本来 悪も善もなし、ただ御光の栄ゆのみ、八股オロチも金毛も、ジャキも皆それ生ける神、
神の光の生みしもの、
悪抱きませ善も抱き、あななうところに御力の、輝く時ぞ来るなり、善活かさねば悪なるぞ、
善悪不二といいながら、悪と善とを区別して、導く教えぞ悪なるぞ、
ただ御光のその中に、喜び迎え善もなく、悪もあらざる天国ぞ、
皆一筋の大神の、働きなるぞ悪はなし、
世界一家の大業は、地の上ばかりでなどかなる、三千世界大和して、ただ御光に生きよかし、
生まれ赤児となりなりて、光の神の説き給う、誠の道を進めかし、マコトの道に弥栄えませ。
言答(岩戸)明けたる今日(8月15日終戦記念日)ぞめでたし、二の言答(岩戸)早う明けてよ。
昭和22年8月15日(1947年 皇紀2607年 丁亥)
「春マケ」=「敗戦」のために原爆投下が必須だったかどうかは、議論される必要があるでしょう。けれども五葉之巻 第十五帖と第十六帖を見てしまうと、敗戦のプロセスの為ではなかったように思えてきます。
以上を踏まえて「半物質」という言葉だけとらえると、「プラズマ」を想像してしまうのですが、このままでは「半霊」を含んでいませんし、そもそも今の地球上では、プラズマの状態を維持出来ません。
プラズマ
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/プラズマ
電離層や星間ガスはプラズマですが、所詮同一のエネルギーに依存する「群体」であり、分類できるプロパティーがあるわけではありません。変な例えをすると、もしこの世界に「幽霊」がいたなら「半霊半物質」と言えるかも知れません。ただし、この世界での彼らの存続には、供給され続けるエネルギーと、彼らを特定するための何らかの境界が必須になるでしょう。さもなくばガスのように霧散して消えてしまう。
扶桑之巻 第四帖
ツミケガレ 今はあらじと はらい給えそ。
空白とは九八九であるぞ、八と九、九と八の境をひらくことが岩戸を開くことじゃ、
空白とはもっとも根本を為すもっとも力あることであるぞ。
昭和36年5月5日(1961年 皇紀2621年 辛丑)
「宇宙論と数霊について」書きかけの投稿があるのですが、とりあえずここで必要な話だけ。
「空白とはもっとも根本を為すもっとも力あること」というと、二つの意味があります。一つは「無」=「0」。私が「0=1=i=∞=1⁄∞」という全てを生み出した「0」の事です。その話を書いているのが、先ほどの「宇宙論と数霊について」です。
もう一つが本神示の「空白」=「九八九」ですが、これを以下のように読み替えます。
「〇∞〇」
「球」+「∞」+「球」、霊魂が存在するとして、一つの球を霊体、もう一つが現界の自分として、「∞」を両者の関係に見立てているのです。現在、私たちはこうして成り立っているのです。
こう考えると、「半霊半物質の世界」が何を意味するのか?という話になるのです。
因縁の身霊が生まれ変わり、死に変わりを経ている事は日月神示で明言されており、上の五葉之巻 第十五帖でも「魂も肉体も、半分のところは入れ変えて」とあります。一般的に生まれ変わりの際、前世の記憶が無い(と思うの)ですが、それ故に「失くす」「亡くす」事に対して、「悲しみ」「喪失感」「あわれ」「いとしさ」などの感情を覚えてきたと思うのです。それは私が言うまでも無く、日本人はその傾向が高いと言えますし、残してきた文化がその事を証明しています。
中でも「死」は「愛」への影響は多大です、時には取り返しがつかないほどに。
私は19歳の時、母親を亡くしました。父親が亡くなったのは37歳の時でした。父親の時は、先に母親を亡くした事もあって、「死」と向き合うだけの覚悟が出来ていましたし、それだけの年齢にもなった。でも葬儀が終わって、喪主として挨拶をした時、突然、涙を抑える事が出来なくなったのです。この事は、ある動画のコメント欄にも書いたのですが、「喪主」としての責任を果たし終えて「父親の子供に戻ったから」だと思うのです。ところが母親の時にはまだ、最も近い肉親を亡くした事をとても受け入れられなかったのです。友人の家に行けば、夕食の時間には両親がいるのです。親戚だってそう。表を歩けば…。
現在、私にも家族がいます。ネコですけど。これが意味する所は…。
「失恋」もです。「秒速5センチメートル」がヒットしたのは、主人公に共感した人が「それだけいた」からでしょう。それだけ深刻な後遺症となった人がいた。あるいはそれ以上に…。
銀河鉄道999 (アニメ)
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/銀河鉄道999_(アニメ)
漫画版か、TV版か、劇場版か、というのはあるんですけど、私はTV版の第一話から見ていた事から、最初の劇場版の鉄郎のデザイン変更に違和感を感じたものの、見終わってみると大好きな作品になりました。まだ少年キングを手軽に買えるほどの年齢では無かったので、漫画版を見たのは、単行本が発売されて友人が買ったのを見せてもらってからです。公開は1979年8月4日だったのですが、冬休みに再度劇場公開された際、母親に連れられて見に行きました。面白いのは、1981年公開のさよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅もそうだったのですが、そのどちらも母親が「見に行こう」と言ってきたのです。そんな母が好きだったのは、安全地帯の「ワインレッドの心」はまだ分かるのですが、ある日の昼下がりに、Queensrÿcheの「Take Hold of the Flame」聴いてたら、洗濯物取り込んでいた母がいきなり「ダビングして」と言ってきたのは今も謎。
作者である松本零士氏は、1981年9月の原作終了と同年夏公開『さよなら銀河鉄道999・アンドロメダ終着駅』を以って本作は完結、それを無理につなげて創作するのはデッチあげであって、もう2度と作らないとしていたのですが、後の1996年、「エターナル編」がスタートしています。令和5年(2023年)2月13日、松本零士氏は85歳で亡くなりました。進駐軍兵士がばら撒くキャンディーなどを「食べたくて仕方なかったが全部下駄で踏みつけて潰した」というエピソードが残る筋の通った方でもあったようです。確かに『さよなら銀河鉄道999・アンドロメダ終着駅』は、物語の流れからしても完結編のように思えます。Wikiにも書かれているように、本作は「生きるとは何か」「永遠に生きることは果たして本当に幸せなのか」という人生観の模索こそが大きなテーマである事が明白にされています。
2026年1月11日「星座之巻 第三帖」において「葬送のフリーレン」のレビューをしましたが、フリーレンはヒンメルが死んで埋葬される瞬間まで、「人が死ぬ」という事の意味を理解していなかったのでしょう。それまでのフリーレンは、「人間はエルフより先に死ぬという、現象としての死についての理解でしか無かった」のではないかと思うのです。それは師匠であるフランメの死に立ち会っているにも関わらずでした(ただ、その事を思い出すのが辛そうな描写が後の話で出てきます)。それがたった十年という、彼女にしてみれば短い時間の付き合いでしかなかったヒンメルに対して涙を流したのは、それだけかけがえのない日々だったからこそ。
星座之巻 第三帖
時、時、と申してあるが、時間では無いぞ。神、幽身にも聞かせているのぞ。
地上人には時間が考えられるなれど、神界には時間が無く、神も霊人も時間は知らないのであるぞ。
ただ喜びがあるのみぞ。
神界で時間と申すのは、ものの連続と変化、状態の弥栄のことであるぞ。
トキ待てよ。トキ違えるで無いぞ。
地上人の時間と区別して考えねばこの神示は解らんぞ。
昭和36年5月10日(1961年 辛丑 皇紀2621年)
それと同様に、「地上人には時間が考えられるなれど、神界には時間が無く、神も霊人も時間は知らない」のであるならば、「人間の死に伴う「悲しみ」「喪失感」「あわれ」「いとしさ」などの感情も分からないだろう、と考えられます。生まれ変わっても、大半の人たちには前世の記憶がない。記憶があればかつての家族や恋人、友人を探す事も出来る(見つかるかはともかくとして)。お互い記憶がないままに再会して、縁を結んでいるかも知れないが、そんなことがあるのかどうかも分からない。この場合に求められているのは、お互いの前世における記憶と、個人を特定できるプロパティーなわけです。生まれ変われば良いというわけではないのです。
では、前世の記憶を持っていたならば、「人間の死に伴う「悲しみ」「喪失感」「あわれ」「いとしさ」という感情は芽生えるでしょうか?少なくとも私にはその自信が無いです。
では、永遠にも等しい寿命の持ち主に、人と同じような感情、考え方は芽生えるでしょうか?フリーレンのエルフ族は、人としての感情、特に恋愛感情や生殖本能に乏しく、魔族は人を食べるために「言葉」で人を欺くようになった、スリーナインの機械化人たちは、人を燃料、部品、あるいは狩猟の戦果として「剝製にして飾る」ようになった。これらは人が考えた物語の設定上の話で極端過ぎるかも知れない。
では、人類は歴史上、一体どれだけの異民族を殺してきたのでしょう?これは「人より寿命の短い動物に対して」では無く、肌の色が異なる、宗教や文化、文明レベルが低いからという理由で、同じ人間が殺され、奴隷にされてきたのか?という事です。見た目がダサいだのトロくさいだの程度でいじめを行っている連中だって同様です。今の人類の寿命であってもこの通り。だから自信が無い、と。
碧玉之巻 第十帖
岩戸閉めの始めはナギ(伊邪那岐命)ナミ(伊邪那美命)の命の時であるぞ、
ナミの神が火の神を生んで黄泉国に入られたのが、そもそもであるぞ、
十の卵を八つ生んで二つ残して行かれたのであるぞ、
十二の卵を十生んだことにもなるのであるぞ、
五つの卵を四つ生んだとも言えるのであるぞ、
すべて神界のこと、
霊界のことは、現界から見れば妙なことであるなれど、
それでちゃんと道にはまっているのであるぞ。
一ヒネリしてあるのじゃ、
天と地との間に大きなレンズがあると思えば段々にわかって来るぞ。
夫神、妻神、別れ別れになったから、一方的となったから、岩戸が閉められたのである道理、
わかるであろうがな。
その後、独り神となられた夫神が三神をはじめ、色々なものをお生みになったのであるが、
それが一方的であることは申すまでもないことであろう、
妻神も同様、黄泉大神となられて、黄泉国のすべてを生み育て給うたのであるぞ、
この夫婦神が、時めぐり来て、千引きの岩戸をひらかれて相抱き給う時節来たのであるぞ、
うれしうれしの時代となって来たのであるぞ。
同じ名の神が至るところに現れて来るのだぞ、
名は同じでも、はたらきは逆なのであるぞ、
この二つがそろって、三つとなるのぞ、
三が道ぞと知らせてあろうがな。
時来たりなば この千引きの岩戸を倶にひらかんと申してあろうがな。
次の岩戸閉めは天照大神の時ぞ、
大神はまだ岩戸の中にましますのぞ、
ダマシタ岩戸からはダマシタ神がお出ましぞと知らせてあろう。
いよいよとなってマコトの天照大神、天照皇大神、日の大神、そろってお出まし近くなって来たぞ。
次の岩戸閉めは素盞鳴命にすべての罪を着せてネの国に追いやった時であるぞ、
素盞鳴命は天下を治しめす御役の神であるぞ。
天ヶ下は重きものが積もって固まったものであるからツミと見えるのであって、
よろずの天の神々が積もる(と言う)ツミ(積)をよく理解せずして罪神と誤ってしまったので、
これが正しく岩戸閉めであったぞ、
命をアラブル神なりと申して伝えているなれど、アラブル神とは粗暴な神ではないぞ、
あばれ廻り、こわし廻る神ではないぞ、
アラフル(現生る)神であるぞ、
天ヶ下、大国土を守り育て給う神であるぞ、
取り違いしていて申し訳あるまいがな。
このことよく理解できねば、今度の大峠は越せんぞ。
絶対の御力を発揮し給う、ナギ・ナミ両神が、
天ヶ下を治らす御役目を命じられてお生みなされた尊き御神であるぞ。
素盞鳴の命にも二通りあるぞ。
一神で生み給える御神と、夫婦呼吸を合わせて生み給える御神と二通りあるぞ、
間違えてはならんことぞ。
神武天皇の岩戸閉めは、御自ら人皇を名乗り給うより他に道なきまでの御働きをなされたからであるぞ。
神の世から人の世への移り変わりの事柄を、
一応、岩戸に隠して神ヤマトイワレ彦命として、人皇として立たれたのであるから、
大きな岩戸閉めの一つであるぞ。
仏教の渡来までは、わずかながらもマコトの神道の光が差していたのであるなれど、
仏教と共に仏魔渡って来て完全に岩戸が閉められて、
クラヤミの世となったのであるぞ、
その後はもう乱れ放題、やり放題の世となったのであるぞ、
これが五度目の大き岩戸閉めであるぞ。
昭和36年5月6日(1961年 辛丑 皇紀2621年)
伊邪那岐命が伊邪那美命に会いに黄泉の国へ行った結果、千引の磐戸を閉める事になった話、これ、会いに行ったこと自体、本当に正しかったでしょうか?そもそも、会いに行けるようであれば、何故「死」という概念があるのでしょう?逆に、伊邪那岐命が伊邪那美命を黄泉の国から取り戻したかったほど愛していたのは想像に難くありませんが、黄泉の国と言うものがあったとするなら何故それがあるのか?死という概念を大神様が作った以上、伊邪那岐命は禁忌を犯したのでは?と思わざるを得ませんし、例え禁忌を犯してでも取り戻したかったほど愛していた、というようにも思えます。それは「かけがえが無い」からこそ、そこに愛があり情熱が現れたから、と思うのです。それは失ったからだと。
従って、「この夫婦神が、時めぐり来て、千引きの岩戸をひらかれて相抱き給う時節来た」というのは、やっぱり「筋が違う」と思うのです。「理」を曲げているとも言えます。「半霊半物質の世界」、「〇∞〇」は違うのでしょうか?
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当時の私は、この話に納得がいかなかったために、麻賀多神社に御札を返してきたのでした。こんな話をしたのは前振りなのです。私は再び、麻賀多神社へ参拝に向かいます。これは異なる考え方に相対した結果、自らの考えが定まったからとも、この神示の訳に誤りがあるのか分からないからとか、理由は色々あるのですが、私は「人生が答え合わせ」と思っており、「自らの考えが定まった」からという点において、御礼に伺おうと思うのです。









































