天の大神様は慈悲深くて何んな偉い臣民にも底知れぬし、
地の大神様は力ありすぎて、人民には手におへん見当取れん、
そこで神々様を此の世から追い出して悪神の云ふこと聞く人民許りとなりてゐたのであるぞ。
七五三(しめ)は神々様をしめ込んで出さぬ為のものと申してある事これで判るであろがな、
鳥居は釘付けの形であるぞ、基督(キリスト)の十字架も同様ぞ、
基督信者よ改心致されよ、基督を十字架に釘付けしたのは、そなた達であるぞ、懺悔せよ、
〇とは外国の事ぞ、
が神国の旗印ぞ、神国と外国との分けへだて誤ってゐるぞ。
大き心持てよ、かがみ掃除せよ、上中下三段に分けてある違ふ血統(ちすじ)を段々に現すぞよ、
びっくり箱あくぞ、八九の次はであるぞよ。何事もウラハラと申してあろが、
ひとがひとがと思ってゐた事 我の事でありたであろがな、
よく神示読んでおらんと、キリキリ舞ひせんならんぞ、
日本が日本がと思って居た事 外国でありた事もあるであろがな、
上下ひっくり返るのざぞ、判りたか。
餓鬼までも救はなならんのであるが、餓鬼は食物やれば救はれるが、
悪と善と取違へてゐる人民、守護神、神々様 救ふのはなかなかであるぞ、
悪を善と取違へ、天を地と信じてゐる臣民人民なかなかに改心六ヶ敷いぞ。
我と改心出来ねば今度は止むを得ん事出来るぞ、
我程偉い者ないと天狗になりてゐるから気を付ける程 悪ふとりてゐるから、
こんな身魂は今度は灰ざぞ、もう待たれん事になったぞ。
昭和20年10月13日(1945年 皇紀2605年 乙酉)
イスラエルとアメリカによる虐殺で、亡くなられたアリ・ハメネイ師、イランの方々に哀悼の意を表します…。
サウジ皇太子、事前にトランプ氏に数回電話し攻撃支持…「今攻撃しなければ更に危険になる」
ttps://www.yomiuri.co.jp/world/20260302-GYT1T00078/?dicbo=v2-8VlRg0I
米と湾岸諸国がイラン非難、「危険なエスカレーション」と共同声明
ttps://jp.reuters.com/world/security/KXSJFZPWIRKLREP3I36ZU4QWJY-2026-03-02/
人殺しをそそのかしておきながら、自分に火が付けばそのザマか?
だからこの神示を選んだのですけど。
2025年のイスラエルは、自国だけでイランを潰せると過信していたように思います。所謂「クソみたいな驕りと油断」です。そこで導き出した結論は、潜入工作による世論の攪乱と同時に、アリ・ハメネイ師を始めとする政府要人、攻撃拠点の位置の特定、エーブラハム・リンカーン、ジェラルド・R・フォードの二個空母打撃群、B2爆撃機X7機投入…等の圧倒的な火力による先制攻撃で、反撃能力を徹底的に削減するしかないでしょう。
軍艦に自爆ドローン、ステルス爆撃機も 米国がイラン攻撃で使用するハイテク兵器と装備
ttps://www.cnn.co.jp/world/35244504.html
米軍、作戦開始以降イランで1250超の標的攻撃 艦船11隻破壊
ttps://jp.reuters.com/world/security/UKRRY7LPTRMALEEYKDOGB3JJGM-2026-03-02/
イスラエル、ユダヤ系国民の93%がイラン攻撃を支持…「反戦の訴え」かき消され・「総選挙を前倒し」観測も
ttps://www.yomiuri.co.jp/world/20260307-GYT1T00508/
№47 イスラエル:「大イスラエル」主義表明の思惑
ttps://www.meij.or.jp/kawara/2025_047.html
アメリカ、EUは「イスラエルロビー」、いや「ユダヤロビー」と言った方が良いか、によって動かされているのであって、自国民の意向などはガン無視されているのです。何故こんな事が許されるのかと言えば、
「ナチスドイツがユダヤ人を虐殺したのだから、自分たちは保護されるべき対象だ、従って「神の名のもとに」何をやっても(異教徒、異国の人たちを殺しても)許される」などと本気で思っており、それを正当化するため、実現するために、第二次世界大戦では各国への戦費の調達を行って、戦勝国に移住した連中は政治力の行使をもくろんで「ロビー」なる圧力団体を作ったわけです。これは「外患誘致」に他なりません。
大体、第一次世界大戦で大敗したドイツの戦費調達は誰が行ったのか?
建国前のイスラエルへの移住者に「寄付」まで行っていたのは誰だ?
ユダヤ人のアメリカ移住史
ttps://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc100.html
世界中の反ユダヤ活動を監視する「ADL」
ttps://inri.client.jp/hexagon/floorA1F/a1f1406.html
シオニズムの変遷~イスラエル建国の舞台裏~
ttps://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hd/a6fhd200.html
ナチスを支援した国際的なパワーエリートの黒い人脈と金脈 ~シュローダー男爵とダレス兄弟の暗躍~
ttps://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hc/a6fhc300.html
「ヘブライの館」様(今は2)には、これまでも随分勉強させていただきました。感謝しております。90年台当時にこれほどの情報を文章にするのは、想像もつかないほどの努力があったでしょう。私など本一冊読むだけで脳が酷く疲れるほどなのに…。
ヘブライの館2 THE HEXAGON 総合案内所
ttps://inri.client.jp/hexagon/floorA0F/_floorA0F.html
つまるとこ問題は、どうやったらここまでリベラルな思考回路を持てるのか?という点に集約されるのです。
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ゆっくり解説 西洋人が鬼畜だった理由 地理の雑学ゆっくり解説
ttps://www.youtube.com/watch?v=q27DD6oaiD4
上の動画を拝見させていただいて、「肉食の思想」(鯖田豊之氏 著 1966)という本があることを知りました。主さまに感謝です。鯖田氏(以下、作者)は、はしがきにおいて「個人的な苦い思い出を背景に、食生活のくいちがいこそ、ひょっとすれば、「日本の尺度」になりうるのでないか」と考えて、その思想的根底をさぐることにしたそうです。その「個人的な苦い思い出」とは、誰かに「牛肉とは牛の肉のことだ」と教えられた途端に牛の姿が目に浮かんで以降、肉類は一切喉をとおらなくなったのだそうです。私も幼少の頃、誰かが有名な「名菓ひよ子」をお土産に我が家に来たものの、私はそれを口にすることが出来ませんでした。あれはあまりにもひよこのイメージそのままでしたから。
それもあってか、本書の冒頭からヨーロッパの家庭料理では、「犢の面皮」とか「兎の丸煮」とか「羊の心臓」とか、「原子雲のような脳髄」(…)とかという、元の形がわかるものが当たり前に食卓にのぼる事を指摘しています。西洋の肉屋では当たり前に売っておりますし、中国でもそうですね。各国の市場では普通に見られる風景ですが、ここ日本では違う。
市場でも肉を取り扱っている所はあれど、そのほとんどが「肉市場ではない」のです。
食肉市場(と場を含む)のご紹介
ttps://www.shijou.metro.tokyo.lg.jp/info/2
上のリンク先は、東京都に11か所ある中央卸売市場の中で、唯一、お肉を取り扱う市場であり、太田や豊洲、かつての築地に隣接されているわけではないのです。魚は一匹まるまま売られているけれど、食肉の部位があからさまに分かるように売られてはいないでしょう。これは最早、「私たちが心理的に魚と動物を線引きしている」ところにあるのは疑いが無いところ。だから私たちは普段、肉片しか見ないし、多くの人は「と場」を見る事に耐えられないと思う。
ただ、それは本当にいい事なのでしょうか?
10年以上前、他の生き物の犠牲があって、私たちの(食)生活が成り立っている事を実感するために、ヒラメの生き造りを食べたことがあります。命を感じるために、感謝の念と共に。
私が子供の頃、山でカブトムシやクワガタ、セミなどを捕まえて飼っていました。田んぼではドジョウ、クチボソ、ザリガニ…。今に思えば、彼らは友達であり、先生だったのだと(決して向こうはそう思っているハズがないですけど)。昭和が終わるころには、住宅需要によって山々は切り開かれ、田んぼは埋め立てられてしまいましたし、平成になって以降は、そんな遊びをしている子供たちなど見かけようがないのです。無くなってしまったし、残されたところでさえ「遊べないようにした」からです、世の中が。かつての子供は、遊んで時には怪我をして学んでいたのに、学ぶ機会すら失われてしまった。ペットを飼うとか、釣りをするのは良い経験になると思います。(ゲームフィッシングを除く)
私が「成り行きで娘を飼う事になった」のも、「代わりに子供を育てる経験をさせるため」だったんじゃないのかって思っているのですけど。NNNに。
ところで本書は、「食生活のくいちがいからくる思想的根底をさぐることにした」はずですが、後半は(本書でも引用している)竹山道雄氏の比較宗教思想史に踏み込んでいってしまうのです(作者は否定しているところですけど)。
日本人は自分等が飼ふ家畜を屠殺することもせず、叉、喰べもしない。彼等は時々魚を食膳に供し、米や麦を食べるがそれも少量である。但し彼等が食べる草(野菜)は豊富にあり。叉僅かではあるが、いろいろな果物もある。
アルーペ神父・井上郁二共訳「聖フランシスコ・デ・サビエル書翰抄」
この一節から推察できることは、宣教師からみても「日本人は粗食であり、家畜は食用では無い」という事であり、逆に言えば「西洋社会では家畜は食べるためのもの」と宣教師からして認めている事です。動物を飼っていると(魚でも)しばしば情が湧いてきたりしますが、西洋社会においては、そのような「感性が無い」事を意味するのです。
神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。
神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」
神は言われた。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。
旧約聖書(創世記1章27、28、29節)
「旧約聖書」において、「人間は他の動物を殺して食べる権利がある」と明確に認められているのです。だから西洋社会では、家畜は食用で飼っているものだから、メンタル病まずに当たり前に屠殺して元の形が分かるまま食卓に並べられるのです。
これに関連して、仏教の「輪廻転生思想」が、キリスト教社会には無い事も指摘されています。上の動画で「そこの家畜の豚、親友のフランク説」と言って例えていますが(14:39)、自分たちが食べるものがそうであっては不味いわけで、設定に矛盾が生じないように「世界観を作り込んでいる」と表現していますが、これは的を得た表現だと思います。
ところが「人間と他の動物を差別した」結果、「西洋人は西洋人以外、あるいはキリスト教徒以外を人間から除外する」までに至ったのです。インディアン、アボリジニ虐殺、アヘン戦争、奴隷貿易…。今日では、ジェフリー・エプスタインの人身売買も同じですね。
これはイスラエル、アメリカ、ウクライナ、EU、イギリスが今日行っている事です。
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ところで本書も上の動画も、その結論を食生活の違いという点に帰しています。これでは旧約聖書が生み出された背景の説明にはなっていないのです。
農業の歴史
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/農業の歴史
およそ紀元前9500年頃の新石器時代にはレバントにおいて、デュラムコムギの始祖とされるエンマーコムギ、ヒトツブコムギをはじめ、オオムギ類、エンドウマメ類、レンズマメ、ヒヨコマメ、アマなど8種類の初期作物が収穫されていたことが知られている。コメ類は、紀元前6200年頃までには中国で栽培が開始され、最古の収穫の記録は、紀元前5700年頃とされる。
レバントは、トルコ、シリア、レバノン、イスラエル、エジプトを含む地域の事であって、これはシオニスト共が主張する「大イスラエル」、「エジプト川(ナイル川)からユーフラテス川」に至る「約束の地」に概ね重なります。この人種、言語、文化すら異なっている広大な地域において、何故かとある共通の単語があるのです。
ʿApiru
ttps://en.wikipedia.org/wiki/ʿApiru
ハビル人、アピル等、読み方は地域によって異なりますが、「反乱者、奴隷、婉家、従者、傭兵」を意味する言葉です。また、「アピル」と「ヘブライ語」という語の言語的類似性から、初期の学者たちは彼らをイスラエル人と同義視した、ともありますが、この話は、そこまで単純ではなさそう。
In the time of Rim-Sin I (1822 BCE to 1763 BCE), the Sumerians knew a group of Aramaean nomads living in southern Mesopotamia as sa.gaz, which meant “trespassers”.The later Akkadians inherited the term, which was rendered as the calque Ḫabiru, properly ʿApiru. The term occurs in hundreds of 2nd millennium BCE documents covering a 600-year period from the 18th to the 12th centuries BCE and found at sites ranging from Egypt, Canaan and Syria, to Nuzi (Upper Mesopotamia near Kirkuk, northern Iraq) and Anatolia (now Turkey)
リム・シン1世(紀元前1822年から紀元前1763年)SumeriansAramaeanMesopotamiaの時代に、シュメール人はメソポタミア南部に住むアラムアノマ人の集団を知っていた。sa.gazは「反逆者」という意味だった。 Akkadians後のアッカ派は、カルク・トリ・アピル(適切にアピル)として表現されたこの用語を継承した。Canaanこの用語は、紀元前18世紀から12世紀までの600年にわたる紀元前2000年の文書で数百件にわたり、エジプト、カナン、シリア、ヌジ(イラク北部のキルクク近郊のアッパー・メソポタミアKirkuk)やアナトリア(現在のトルコ)に至るまでの遺跡で見られる。
アマルナ文書
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/アマルナ文書
カナン発信のアマルナ書簡の位置情報について 池田 潤
ttps://www.lingua.tsukuba.ac.jp/ippan/JGL/2007/2007-ikeda.pdf
アマルナ文書は、紀元前14世紀の前半から中盤におけるオリエント列強やエジプト支配国の高官たちがファラオに宛てた外交書簡なのですが、このEA 287に興味深い記述があるのです。
Amarna letter EA 287
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Amarna_letter_EA_287
Abdi-Heba
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Abdi-Heba
Labaya
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Labaya
アブディ・ヘバは、エジプトの属臣として紀元前1330年代半ばの「エルサレム」を支配していた首長であり、自身をエジプトの兵士として認識しているようです。そのエルサレムが、同じエジプトの属臣であるはずのラバヤとその息子たちによって侵略されていると言っているのです。一方のラバヤは、彼の息子たちがハビルと結んだとされる協力について一切知らなかったと否定しているのですが(EA 254)、後にはアブディ・ヘバ自身まで疑いが及ぶのです。…とまぁ、裏切り者だらけ。
アブディ・アシルタ
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/アブディ・アシルタ
アムル人
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/アムル人
アブディ・アシルタもまたエジプトの属臣でありながら、アムル王国を建国して、ヒッタイトと結ぶ裏切り者と非難されています。アムル人はウル第3王朝の後継者という意識を強く持っており、旧約聖書においては「ハムの子であるカナンの子でありカナンの諸部族」とまでされているのです。
カナン
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/カナン
イスラエル王国
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/イスラエル王国
前1200年のカタストロフ
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/前1200年のカタストロフ
ヘブライ語はカナン人から学んだものでもある
中東レバント地方(シリア、ヨルダン、イスラエルなどの地域)に住む現代アラブ人とユダヤ人の大半は、DNAの半分以上が、カナン人ほかレバント、カフカス、イラン高原に住んでいた民族に由来することが判明している
出エジプト記に相当する記録がエジプトに存在しない
エジプト人でない者が、エジプトから遠く離れた地において裏切りを目論んでも不思議では無く、実際にそうであったのだから、ヒッタイトの崩壊とエジプトの衰退が原因でイスラエルの建国が成されたという見解の方がよっぽど自然だと思います。まぁ、この地はエジプトの占領地であったから、ある意味「出エジプト」か。そしてユダヤ人のDNAの半分以上がレバントの広範囲にまたがっているという事実は、人種的に画一である必要が無く、更に「ヘブライ語はカナン人から学んだ」のなら、彼らの出自がアピル、シュメール人が忌み嫌った野蛮人「マルトゥ」の祖先であっても不思議では無いのです。マルトゥはアムル人であって、アムル王国はイスラエル建国と入れ替わるように消滅したのですから。
ソドムとゴモラ
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/ソドムとゴモラ
大洪水
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/大洪水
縄文海進
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/縄文海進
前者はヨルダンの死海周辺にある古代都市遺跡トール・エル・ハマムで紀元前1650年ごろ、ツングースカ大爆発を遥かに上回る、広島型原爆の1000倍以上のエネルギーの隕石の空中爆発によって広範囲が破壊されたという研究結果があります。後者の大洪水神話は世界中に存在し、紀元前2900年~紀元前2750年頃、古代シュメールの都市であるシュルッパクの洪水は、ほぼキシュの街まで及んでいたことが証明されていますし、ここ日本においても縄文海進によって、関東地方の低地は古東京湾とか奥東京湾、あるいは湿地帯だったと考えられているのです。このような特異な出来事は、どうしても宗教的解釈が避けられないのです。
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聖絶
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/聖絶
モーセは、戦いを終えて帰還した軍の指揮官たち、千人隊長、百人隊長に向かって怒り、彼らにこう言った。「(ミデヤン人の)女たちを皆、生かしておいたのか。(中略)直ちに、子供たちのうち、男の子は皆、殺せ。男と寝て男を知っている女も皆、殺せ。女のうち、まだ男と寝ず、男を知らない娘は、あなたたちのために生かしておくがよい。」— 『民数記』31:14-18
イスラエルに敵対する異民族に対して聖絶が用いられる時は、「神への奉納物として、異教の神を拝むものとそれに関連する事物をことごとく滅ぼし尽くす」こと、全ての戦利品を滅却することを意味した。すなわち、聖絶の対象とされた敵対異民族は全員が剣で殺され、また家畜も含め生けるものは全て殺戮された。また、通常の戦闘では許される女子どもの捕虜も、また家畜などの戦利品も、聖絶においては自分たちの所有物とすることは許されず、全てが神への捧げ物とされなければならなかった。さらに、それ以外の剣でもって滅ぼせないものは火をもって焼き尽くされ、また、燃やすことの出来ない金銀財宝などは神殿の奉納倉へ納めて、「呪われた汚らわしきもの」として民衆の手からは隔離されなければならなかった。そして、聖絶のものを私物した者は、神の怒りに触れるものとして、罰として処刑された。聖書はその理由として、イスラエルに聖なる生き方をさせて、彼らが先住民の宗教からの誘惑に負けて神に対して罪を犯さないためであるとする(申命記7:1-6、20:16-18)
ここで先ほどの旧約聖書(創世記1章27、28、29節)を思い出してみましょう。「人間は他の動物を殺して食べる権利がある」ので、メンタル病まずに当たり前に屠殺して元の形が分かるまま食卓に並べられる、と書きました…。
「すべて聖絶のものは最も聖なるものであり、主のものである。」— レビ記27:28、新改訳聖書
という事は、メンタル病まずに当たり前にカナン人を虐殺して、しかも「女のうち、まだ男と寝ず、男を知らない娘は」連中の子を産まされた事を意味するのです。後述するけど、恐らくは子を産まされただけならまだマシだったと思う…。
つまりは「自己正当化」なのです。実際に食べ物が無かったから肉食が主流になったかもしれないけれど、動物を捌くのはメンタルがキツイ。だから自己正当化を考えた。ユダヤ人は自らの出自を振り返った時に、「一切の責任を神になすり付ける」事で自己正当化した。各地に伝わる伝承を神話仕立てにして話を盛った。だから奴隷貿易、インディアン、アボリジニの虐殺、アヘン戦争、ナチス・ドイツに責任をなすり付けたユダヤ人迫害、現代の偽ユダヤ人国家「イスラエル」によるパレスチナ民族虐殺、イラン侵攻なんてことを平気で行えるのです。
ユダヤ教
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/ユダヤ教
タルムード
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/タルムード
恐るべきユダヤ悪魔教の教典タルムード!!
ttps://tunobue.chips.jp/talmu.html
ミシュナーに記述されたイェフーダー・ハン=ナーシーの言葉によると、女性は3歳と1日になったら結婚をすることができる。ニッダーとサンヘドリンの記述によると、3歳と1日の少女は父親の許可の下、性行為によって婚約する。ラビ・メイルは、2歳と1日の少女も性交によって婚約することができると述べている。ラヴ・ヒスダは3歳以下の少女は性交で処女膜が破れたとしても再生すると述べており、例えそれが改宗者や捕虜や元奴隷だったとしても、その少女が3歳と1日よりも年少の場合は処女とみなされ、結婚契約額が支払われるとケトゥボットに記されている。アヴォダー・ザラー37aには、異教徒の少女は3歳と1日で性行為に適するという章句がある。異邦人の娘であるユスティニアは、6歳で結婚し、7歳で出産したというが、一般的には女性は12歳と1日になれば妊娠に適齢であると考えられていた
ジェフリー・エプスタイン(とビル・ゲイツ)の人身売買が表面化していますが、表面化してしまったのは意図的な事なのか、ミスだったのかという点に因らず、世界の要人が顧客になっており、彼らを脅すためのツールとして機能させていると思っております。どちらにせよ、表面化した人物は裏切り者か、見せしめのための生贄か?、と推測できます。ジェフリー・エプスタインは、「ロスチャイルド家の事実上の代理人」と噂されるほど、ユダヤの臭いが強いのです。やっている事と利用する手際も。
ユダヤ人の自己正当化は、聖書の記述だけでは飽き足らず、タルムードが出来たように見えます。そのタルムードを異教徒に見せてはならない理由は、これを知った異教徒に殺されてしまうから。現代の偽ユダヤ人たち、偽物のキリスト教徒たちは、いかにも聖書やタルムードを建前にするように自己正当化を続けているのです。だからこの神示を選んだのですけど。
聖書は建前だった、結局は「己の欲望の自己正当化の為」
共存出来るわけが無い。
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おまけ
「肉食の思想」での、竹山道雄氏の「ヨーロッパの旅」からの引用部分(3~4ページの記述)は、正しくは「續ヨーロッパの旅」155ページに記述されていました…。アイキャッチで一番下になっている本です。
アイキャッチ、元の写真寸法くらい正確に出来ないものなのか?(# ゚Д゚)
































