九歳は神界の紀の年ぞ、神始めの年と申せよ。
一二三、三四五、五六七ぞ、五の歳は子の歳だぞよ。
取り違いしないようにせよ。
月日の巻 十人と十人の役員に見せてやってくれよ。
時節到来したのであるぞ。桜咲き神の御国は明けそめにけり。
昭和19年12月2日(1944年 皇紀2604年 甲申)
この神示だけ読むと、「神始めの年」→日月神示が降りた年(昭和19年/1944年6月10日)という言葉から、「九歳」を「今年」と誤訳しそうになるのです。昭和19年は甲申であり、「数え年」で五の歳は子の歳、戊子(昭和23年/1948年)になるから尚更です。
「誤訳」?
祭りの巻 第八帖
旧九月八日で一切りじゃ、これで一の御用は済みたぞ、八分通りは落第じゃぞ、
次の御用 改めて致さすから、今度は落第せんよう心得なされよ。
何もかも神は見通しだぞ、神の仕組み 人民で遅れんよう 気つけて結構致し下されよ、
二の仕組み、御用は集団作りてよいぞ。大奥山はそのままにしておかなならんぞ、
天明(岡本天明)まだまだ神示の御用結構ぞ、アホ結構ぞ、リコウ出ると壊れるぞ。
天明ばかりでないぞ、皆同様ぞ。皆リコウになったものじゃナア、クドウ神にもの申さすでないぞ。
昭和21年8月15日(1946年 皇紀2606年 丙戌)
昭和19年に日月神示が降りて、昭和21年で一の御用は済んだというのは明らかに時間が足りないように思います。太平洋戦争は1941年(昭和16年)から1945年(昭和20年)まで行われた戦争であり、一の御用とは、それまでの驕った日本を敗戦させる仕組みと見るならば、それは「富士(二二)の仕組み」に従って、開始時期は昭和19年より前から出ないとおかしいというわけです。
従って「九年前が神界の紀の年、神初めの年であり、(五→)この年は子の歳(丙子)の事である」(昭和11年/1936年)と読むのが正解だと思っております。だから「一二三、三四五、五六七ぞ」という記述は、「数えで九歳」を指しているのです。
ところで「富士(二二)の仕組み」とは、酉から出て酉に至るその間の11年、「〇一二三四五六七八九十」を指しているものです。ところが、日月神示の開始時期を「子の歳」(昭和11年/1936年)とするならば、「富士(二二)の仕組み」の条件に足りないのです。
岩の巻 第四帖
元は十と四十七と四十八と合わせて百と五ぞ、九十五柱だぞ。
昭和21年2月16日(1946年 皇紀2606年 丙戌)
私は、「岩の巻 第四帖」を日月神示の仕組みの全期間を指していると考えているのですが、「元は十」とは「三柱」と「七柱」、つまり神様の事だと思っているのです。
上つ巻 第二十七帖
何もかも世の元から仕組みてあるから神の申すところへ行けよ。
元の仕組みは富士(二二)ぞ、次の仕組みはウシトラ三十里四里、
次の仕組みの山に行って開いてくれよ、
今はわかるまいが、やがて結構なことになるのだから、行きて神祀りて開いてくれよ、
細かく知らせてやりたいなれど、それでは臣民の手柄なくなるから、
臣民は子だから、子に手柄させて親から御礼申すぞ。
行けば何もかも善くなるように、昔からの仕組みしてあるから、
何事も物差しで測ったように行くぞ。天地が唸るぞ、上下引っ繰り返るぞ。
悪の仕組みに皆の臣民騙されているが、もう直ぐ目覚めるぞ、目覚めたら訪ねてござれ、
この神のもとへ来て聞けば、何でもわかるように神示で知らせておくぞ。
秋立ったら淋しくなるぞ、淋しくなったら訪ねてござれ、
我を張っていると、いつまでも分からずに苦しむばかりぞ。
この神示も身魂によりどんなにでも、
取れるように書いておくから、取り違いせんようにしてくれ、
三柱と七柱そろったら山に行けよ。
昭和19年7月1日(1944年 皇紀2604年 甲申)
これは、日月神示全工程を「十と四十七と四十八と合わせて百と五」、神様十柱と四十七+四十八柱の合計105年間で実施する事を示唆していると思います。すると「子の歳」(昭和11年/1936年)から2040年庚申であり、2041年辛酉の前年になるのです。
尚、日の出の巻 第二帖が降りたのは昭和19年12月2日ですが、天明氏の誕生日は12月4日です。従って「十と四十七と四十八と合わせて百と五」105年は、天明氏の誕生日から始まったと仮定するなら、2041年辛酉の12月3日までという計算になります。
では、「四十七と四十八」とは何を示しているのでしょう?
荒れの巻 第一帖
言答開き成り成るぞ。誠言答は永遠ぞ。瞳ぞ。御位継ぐ理の始めぞ。
字絶対の世 始め出づぞ。二一開き、結ぶ玉に祝うぞ。
読む開き、字出づ理に成り、結ぶ玉に弥栄開く大和心の道ぞ。
道開く理の極みぞ。本能秀(生命)月日の極み成る読む言の極み。
弥栄に真問い極む世。那美(名美)那岐(名基)の理の玉継ぐ意味開くなり。
字の絶対継ぐ意味 弥勒弥勒となるぞ。根っこ理ぞ。誠だぞ。弥栄弥栄。
玉秘出づ理ぞ。玉基理ぞ。通基秘理、極み成る識道、本能秀(生命)だぞ。不見の実主だぞ。
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慈の理、字の絶対出づ![]()
(大スサナルの能ぞ)。
南無(名務)荷い開く弥勒。日継ぎの意味荷う数と字の絶対光の道。
字の絶対開き、那美(名美)開くぞ。字の極意の極みは読字(黄泉路)ぞ。
富士(普字)に花咲く時だぞ。開く結びの命、字開きに字、開き、実るぞ。
山にも地にも万劫光の花開くの理ぞ。光の経綸 四八音となるぞ。意露波理ぞ。
人、仏の極みは、命の光普き、智普く基の天の言玉の理、
理の極みの光の答の山路(大空間)百霊継ぐ文字の道。生(基)の極みたり。
面白に秘解く成答、文道とどめたり。数の始めの絶対の理だぞ。
字、絶対の理。誠母の秘文。霊気世に満ち漲り、国々晴れ渡るぞ。
日継ぎ(日通基)開く文字、綱母成る極みなり。言の絶対の答え、人の意の極みなる意味ぞ。
読みこれぞ。
答えの名基荷負う始め、伊勢世の始め、普字成答の経綸動ぞ。
字に成り成りませる光の玉には、何事も弥栄弥栄だぞ。
この神示軸(時空)読み、御しるしの四八音だぞ。諏訪 麻賀多 榛名 甲斐 玉和す理だぞ。
字の言座、名(言波)の極みぞ。意志の極み成るぞ。道は道理であるぞ。
字開き、務に結び、咲く花の結び秘文ぞ。普字軸の理ぞ。宮柱太しき立つぞ。
祝詞の心、始め開き字に現れるぞ。真心響く誠ぞ。言だぞ。細工隆々 読みの極み立つ世ぞ。
数の極み命ぞ。数の極み大素佐成(大数叉名立) 五十の極み継ぐ印し給いて、
幹(実基)字、完し、完し、山(屋間)の文読み、皆喜び、
荷なう理の宮継ぐ普字軸の世。喜び言、全土に響く理ぞ。
八雲出雲は聞理じゃ、これは、基の大素佐成(大数叉名立)大神、
世に光り輝く理ぞ。理は世の元に立つ道ぞ。理、遠きには無し、心せよ。
誠の道は、神の理だぞ。読み始めの世ぞ。皆神の子ぞと申してあるぞ。
名基の世、しかと開き、生の基の誘基の命現れき。太始めの御玉組み組みて神継ぐ極みと成り、
始まる道ぞ理の極み。字句字句、真問い成り成り鳴り、読み(黄泉)の岩戸(言戸)開くなり。
はじめの光、今 輝きて、答神(真理)覚め覚め捧ぐもの、
百取りしろ(綱母十理詞露)に充ち満ちて、弥栄御座湧きに湧き、天晴れ継ぐ神の答えは字に有り。
見よ、御子たち、大き道座し座す言座。
吾疑問い秘文字奥義、敬い、喜び、申すらくを、天の普智独楽の実実普理聞こし食すらん千萬の御代。
光神、太秘加理ぞ。理(真理)の御山(大空間)の良きを寿ぐ。
五十鈴の川の良きを寿ぐ、動くことなく、止まることなく永遠世に弥栄弥栄喜びの、今開く字の理成りて、
光の花の、一時にどっと咲くところ、玉の御代とて神代より生きし生き神引き合うぞ。
誠の能、物言う時来し答の道、みそぐの太神覚りて、サン太神様知る誠、尊き御代と成りますのぞ。
仕事は、めんめの働きに現れるぞよ、実空字 大き理智在せることの印しなり。
終わりに、言言神国の、誠の完神(鏡)のとどろきも、皆御文字世の始めかし、今、始まる世(詞)の基。
雨の神、風の神、岩の神、荒れの神、地震の神、
世の基にして、理実りの常盤の普字の実り良くも、命出度命出度(めでためでた)だぞ。
弥栄鳴戸(成答)は、光の御座の問いに開くぞ。
八百の道(理)の寄る 把立名(榛名) 吾基(安芸)、時節来て、誠ものいう神の世の、
夜明けの神々覚れよと、神漏務(可務露務)、神漏岐(可務露基)、神漏美(可務露実)の命もち、
八百萬の神々 神集いに集い給い、神計りに計り給い、言問いし草のかきはも言止め、
天の岩戸(言答)開け放ち、天の弥栄弥栄に智分きに智別き、
大実光の尊き御代ぞ、神在す天下 四方の国々治ろし食す、
寿命大神(大実親)の智の理
綱母(現実親)の空字(国)ことごとく定まりし、弥勒の世と成りうるなり。
成るは、誠の開きの秘の山の神基開く真の神にかかり給いしぞ。
空字御霊 大皇命神の秘の、仰ぐさまの良き時ぞ。理実る世、数の極み、真理ぞ。
普字の山(不二の大空間) 晴れたり。
光(秘加理)輝きて 御空に太まに百草のかき葉も競いかも、
寄り集う誠一つの神の世ぞ、読み(黄泉)字ぞ。くくりし読みは惟完読。
軸字 軸字と木霊と木霊、字開き、数開き成る言、綱母(現実親)に有り。
鳴戸(成答)理開きに開き、貴人の御代成り成るぞ。
弥栄つぎに通基つきて、御代印しの基継ぐ成るぞ。
艮めに普字の神産み給いき、普字素佐成(数叉名立)の神現れ 生き生き給いき。
ここに誘名基の神 神々達に理給いて、喜び光賜いき。
陽の神は秘の国、通基の神は実通の国、素佐成(数叉名立)神は名波裸治らせと給いき。
それは、その時より理決まれることにぞあれば、何も彼も真問い理に来いとぞ。
あなないの道だぞ。弥栄の理だぞ、あなさやけ、あな清々し世ぞ。
生まれし道だぞ。都も鄙も皆 大実光に寄り集う 誠一つの理なるぞ。
秘文の国ぞ、言玉の弥栄光る国なるぞ。理の言、普字に印しあり。理(真理)の普字、早う開くぞ。
誠の空字の御光の世界の読み(黄泉)喜びに泣く時来た印し文肚に読み(黄泉)理艮め成る。
問い問い文も解くなる始め、天の始めの御光なり。
読み(黄泉)路の玉糸(意答) 秘名の光立つ。
草もの言う世となりぬなり。御玉救う道、神の理開き基ぞ。
月日出ず開きに秘文開き、字の命開く極み、名美秘文三ぞ。秘文ぞ。神々様 御喜びだぞ。
今は、神解り 解りし字に言玉息吹き鳴り、息吹きのまま理満ち、
元の大神ニコニコと捧ぐるもの食し給い、喜び五十(意図)の弥栄弥栄成れる、良き嘉き御代来るぞ。
目で開く大神、世のあなないの友、天晴れ詞数食う能き、誠の御代ぞ。
宇宙波(場)知る場加、月日御稜威の花ぞ。覚れ覚れと言、言、軸。百霊の世、玉秘尊き。
神の実言(命) 開く身々、早う掃除一番ぞ。掃除智座、秘継ぐ数字大神(加実)。
絶対開く元神は、独楽の理、四十七音(ひふみ)、四十八音(意露波)、目にもの見せて神国の、
誠の善(智)は悪魔まで、皆新め生くの始終光ぞ。惟完だぞ。
字注ぐ光り裏(心)山(大空間)荷負う、母(親)の誠に覚め、字開く命ぞ。
普字に花咲く御代、嬉し嬉し、早う光の文路知らせたり。急ぐ心ぞ。
読み字(黄泉路)弥栄に光り文成るぞ。
文命の言の御代の、月の光なり。玉五十(意図)始めの光り知りて、尊き御代とぞなりうる、
誠の神の神示なるぞ。心締めて読む時ぞ。真言の神と飛来の神と 皆和す時成るぞ。
あら楽し、あなさやけ、普字(富士)は晴れたり 言答(岩戸)開けたり。
あなさやけ、おけ、後の世に書きしるすぞ。ひつぎの神書き印すぞ。
昭和21年1月19日(1946年 皇紀2606年 丙戌)
ア
の巻(荒れ、とも)入れちゃった…約3000字。太字にしているのはまず中段の「神の答えは字に有り」「理実る世、数の極み、真理ぞ」の部分、これは「富士(二二)の仕組み」の原理に関わる部分でしょう。それ故「理(真理)の普字」なのです。そして「四十七音(ひふみ)」とは、「ことたま、かずたま」であり、「四十八音(意露波)」が「いろたま」となります。
黄金の巻 第二十帖
動かんふじの仕組みのなるとの仕組み。ことたま、かずたま、ひふみ、いろたま、いろは。
昭和24年11月27日(1949年 皇紀2609年 己丑)
水の巻 第二帖
ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか、
うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ。
一二三祝詞であるぞ。
たかあまはらに、かむつまります、かむろぎ、かむろみのみこともちて、
すめみおや かむいざなぎのみこと、つくしのひむかのたちばなのおどのあはぎはらに、
みそぎはらひたまふときに、なりませる、
はらえとのおほかみたち、もろもろのまがことつみけがれを、
はらえたまへ きよめたまへと まおすことのよしを、
あまつかみ、くにつかみ、やほよろづのかみたちともに、
あめのふちこまの、みみふりたてて きこしめせと、かしこみかしこみもまおす。
あめのひつくのかみ、まもりたまへ さちはへたまへ、
あめのひつくのかみ、やさかましませ、いやさかましませ、
一二三四五六七八九十。
昭和20年4月21日(1945年 皇紀2605年 乙酉)
いろは順
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/いろは順
「四十七音(ひふみ)」=「ことたま、かずたま」とは粒子であり、例えば素粒子には様々な働きがあります。現在知られる16の素粒子(ヒッグス粒子を除いて)は、「素粒子」というにはあまりにも多すぎると思っておりますが、その話は別の機会にするとして、「四十八音(意露波)」=「いろたま」とは波の事だと思います。これは私たちが見ている色や、思い、縁、光、電波…様々ですが。実際、この世の中は粒子と波で成り立っているのです。

カタカムナ文字です。楢崎皐月氏が、平十字という人物の父親が宮司をしていた神社のご神体であった巻物に渦巻き状に書かれていたとされているものです。他の古史古伝から出てこないところから真偽が疑われているのですが、私個人は初めて見たときに「これって、まるで論理回路みたいだな」って思いました。だから「事を現象至らしめる」仕組みは実在するハズです。先ほども述べた通り、この世の中は粒子と波で成り立っているのですが、「和す」「減ずる」「乗ずる」「除す」事で変化を生み出すのです。もし変化という仕組みが無かったのならば、今日の私たちも存在し得なかった。従って「数」や「色」にも変化を可能にする仕組みがあるという事なのです。日月神示にはこのような仕組みが幾重にも張り巡らされているのです。
| 元号 | 西暦 | 干支 | ※1 | ※2 |
|---|---|---|---|---|
| 大正10年 | 1921年 | 辛酉 | ||
| 大正11年 | 1922年 | 壬戌 | 〇/十 | |
| 大正12年 | 1923年 | 癸亥 | 一/九 | |
| 大正13年 | 1924年 | 甲子 | 二/八 | |
| 大正14年 | 1925年 | 乙丑 | 三/七 | |
| 大正15年 昭和元年 | 1926年 | 丙寅 | 四/六 | |
| 昭和2年 | 1927年 | 丁卯 | 五/五 | |
| 昭和3年 | 1928年 | 戊辰 | 六/四 | |
| 昭和4年 | 1929年 | 己巳 | 七/三 | |
| 昭和5年 | 1930年 | 庚午 | 八/二 | |
| 昭和6年 | 1931年 | 辛未 | 九/一 | |
| 昭和7年 | 1932年 | 壬申 | 十/〇 | |
| 昭和8年 | 1933年 | 癸酉 | ||
| 昭和9年 | 1934年 | 甲戌 | 〇/十 | |
| 昭和10年 | 1935年 | 乙亥 | 一/九 | |
| 昭和11年 | 1936年 | 丙子 | 当歳 | 二/八 |
| 昭和12年 | 1937年 | 丁丑 | 二歳 | 三/七 |
| 昭和13年 | 1938年 | 戊寅 | 三歳 | 四/六 |
| 昭和14年 | 1939年 | 己卯 | 四歳 | 五/五 |
| 昭和15年 | 1940年 | 庚辰 | 五歳 | 六/四 |
| 昭和16年 | 1941年 | 辛巳 | 六歳 | 七/三 |
| 昭和17年 | 1942年 | 壬午 | 七歳 | 八/二 |
| 昭和18年 | 1943年 | 癸未 | 八歳 | 九/一 |
| 昭和19年 | 1944年 | 甲申 | 九歳 | 十/〇 |
| 昭和20年 | 1945年 | 乙酉 | 十歳 | |
| 昭和21年 | 1946年 | 丙戌 | ひ/け | 〇/十 |
| 昭和22年 | 1947年 | 丁亥 | ふ/れ | 一/九 |
| 昭和23年 | 1948年 | 戊子 | み/ほ | 二/八 |
| 昭和24年 | 1949年 | 己丑 | よ/ゑ | 三/七 |
| 昭和25年 | 1950年 | 庚寅 | い/せ | 四/六 |
| 昭和26年 | 1951年 | 辛卯 | む/あ | 五/五 |
| 昭和27年 | 1952年 | 壬辰 | な/す | 六/四 |
| 昭和28年 | 1953年 | 癸巳 | や/ま | 七/三 |
| 昭和29年 | 1954年 | 甲午 | こ/の | 八/二 |
| 昭和30年 | 1955年 | 乙未 | と/て | 九/一 |
| 昭和31年 | 1956年 | 丙申 | も/へ | 十/〇 |
| 昭和32年 | 1957年 | 丁酉 | ち/り | |
| 昭和33年 | 1958年 | 戊戌 | ろ/さ | 〇/十 |
| 昭和34年 | 1959年 | 己亥 | ら/に | 一/九 |
| 昭和35年 | 1960年 | 庚子 | ね/え | 二/八 |
| 昭和36年 | 1961年 | 辛丑 | し/お | 三/七 |
| 昭和37年 | 1962年 | 壬寅 | き/う | 四/六 |
| 昭和38年 | 1963年 | 癸卯 | る/か | 五/五 |
| 昭和39年 | 1964年 | 甲辰 | ゆ/め | 六/四 |
| 昭和40年 | 1965年 | 乙巳 | ゐ/く | 七/三 |
| 昭和41年 | 1966年 | 丙午 | つ/は | 八/二 |
| 昭和42年 | 1967年 | 丁未 | わ/た | 九/一 |
| 昭和43年 | 1968年 | 戊申 | ぬ/を | 十/〇 |
| 昭和44年 | 1969年 | 己酉 | そ/そ | |
| 昭和45年 | 1970年 | 庚戌 | を/ぬ | 〇/十 |
| 昭和46年 | 1971年 | 辛亥 | た/わ | 一/九 |
| 昭和47年 | 1972年 | 壬子 | は/つ | 二/八 |
| 昭和48年 | 1973年 | 癸丑 | く/ゐ | 三/七 |
| 昭和49年 | 1974年 | 甲寅 | め/ゆ | 四/六 |
| 昭和50年 | 1975年 | 乙卯 | か/る | 五/五 |
| 昭和51年 | 1976年 | 丙辰 | う/き | 六/四 |
| 昭和52年 | 1977年 | 丁巳 | お/し | 七/三 |
| 昭和53年 | 1978年 | 戊午 | え/ね | 八/二 |
| 昭和54年 | 1979年 | 己未 | に/ら | 九/一 |
| 昭和55年 | 1980年 | 庚申 | さ/ろ | 十/〇 |
| 昭和56年 | 1981年 | 辛酉 | り/ち | |
| 昭和57年 | 1982年 | 壬戌 | へ/も | 〇/十 |
| 昭和58年 | 1983年 | 癸亥 | て/と | 一/九 |
| 昭和59年 | 1984年 | 甲子 | の/こ | 二/八 |
| 昭和60年 | 1985年 | 乙丑 | ま/や | 三/七 |
| 昭和61年 | 1986年 | 丙寅 | す/な | 四/六 |
| 昭和62年 | 1987年 | 丁卯 | あ/む | 五/五 |
| 昭和63年 | 1988年 | 戊辰 | せ/い | 六/四 |
| 昭和64年 平成元年 | 1989年 | 己巳 | ゑ/よ | 七/三 |
| 平成2年 | 1990年 | 庚午 | ほ/み | 八/二 |
| 平成3年 | 1991年 | 辛未 | れ/ふ | 九/一 |
| 平成4年 | 1992年 | 壬申 | け/ひ | 十/〇 |
| 平成5年 | 1993年 | 癸酉 | い/ん | |
| 平成6年 | 1994年 | 甲戌 | ろ/す | 〇/十 |
| 平成7年 | 1995年 | 乙亥 | は/せ | 一/九 |
| 平成8年 | 1996年 | 丙子 | に/も | 二/八 |
| 平成9年 | 1997年 | 丁丑 | ほ/ひ | 三/七 |
| 平成10年 | 1998年 | 戊寅 | へ/ゑ | 四/六 |
| 平成11年 | 1999年 | 己卯 | と/し | 五/五 |
| 平成12年 | 2000年 | 庚辰 | ち/み | 六/四 |
| 平成13年 | 2001年 | 辛巳 | り/め | 七/三 |
| 平成14年 | 2002年 | 壬午 | ぬ/ゆ | 八/二 |
| 平成15年 | 2003年 | 癸未 | る/き | 九/一 |
| 平成16年 | 2004年 | 甲申 | を/さ | 十/〇 |
| 平成17年 | 2005年 | 乙酉 | わ/あ | |
| 平成18年 | 2006年 | 丙戌 | か/て | 〇/十 |
| 平成19年 | 2007年 | 丁亥 | よ/え | 一/九 |
| 平成20年 | 2008年 | 戊子 | た/こ | 二/八 |
| 平成21年 | 2009年 | 己丑 | れ/ふ | 三/七 |
| 平成22年 | 2010年 | 庚寅 | そ/け | 四/六 |
| 平成23年 | 2011年 | 辛卯 | つ/ま | 五/五 |
| 平成24年 | 2012年 | 壬辰 | ね/や | 六/四 |
| 平成25年 | 2013年 | 癸巳 | な/く | 七/三 |
| 平成26年 | 2014年 | 甲午 | ら/お | 八/二 |
| 平成27年 | 2015年 | 乙未 | む/の | 九/一 |
| 平成28年 | 2016年 | 丙申 | う/ゐ | 十/〇 |
| 平成29年 | 2017年 | 丁酉 | ゐ/う | |
| 平成30年 | 2018年 | 戊戌 | の/む | 〇/十 |
| 平成31年 令和元年 | 2019年 | 己亥 | お/ら | 一/九 |
| 令和2年 | 2020年 | 庚子 | く/な | 二/八 |
| 令和3年 | 2021年 | 辛丑 | や/ね | 三/七 |
| 令和4年 | 2022年 | 壬寅 | ま/つ | 四/六 |
| 令和5年 | 2023年 | 癸卯 | け/そ | 五/五 |
| 令和6年 | 2024年 | 甲辰 | ふ/れ | 六/四 |
| 2025年 | 乙巳 | こ/た | 七/三 | |
| 2026年 | 丙午 | え/よ | 八/二 | |
| 2027年 | 丁未 | て/か | 九/一 | |
| 2028年 | 戊申 | あ/わ | 十/〇 | |
| 2029年 | 己酉 | さ/を | ||
| 2030年 | 庚戌 | き/る | 〇/十 | |
| 2031年 | 辛亥 | ゆ/ぬ | 一/九 | |
| 2032年 | 壬子 | め/り | 二/八 | |
| 2033年 | 癸丑 | み/ち | 三/七 | |
| 2034年 | 甲寅 | し/と | 四/六 | |
| 2035年 | 乙卯 | ゑ/へ | 五/五 | |
| 2036年 | 丙辰 | ひ/ほ | 六/四 | |
| 2037年 | 丁巳 | も/に | 七/三 | |
| 2038年 | 戊午 | せ/は | 八/二 | |
| 2039年 | 己未 | す/ろ | 九/一 | |
| 2040年 | 庚申 | ん/い | 十/〇 | |
| 2041年 | 辛酉 | |||
| 2042年 | 壬戌 | |||
| 2043年 | 癸亥 | |||
| 2044年 | 甲子 |
※2
余談ですが
論理回路
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/論理回路
論理回路は「AND、OR、NOT、XOR、NOR、NAND」という組み合わせ回路が存在しますが、基本的にはAND(論理積)、OR(論理和)、NOT(論理否定)の3つだけですべての論理回路を構成する事が出来ます。従って、素粒子の16種類というのは余りにも多過ぎるのです。そこから導き出される結論として、私たちの見ている世界にはそれ以前があるのだと思っております。
もし仮にビッグバンがあったとしたって…どうやって起こったのか?
「理」→「仕組み」→「言葉あれ」→「光あれ」じゃないの…?
「光あれ」って言葉だし。

