2026年1月13日「至恩之巻 第十六帖」

太陽は十の星を従えるぞ、原子も同様であるぞ。物質が変わるのであるぞ、
人民の学問や智ではわからんことであるから早う改心第一ぞ、
二二(ふじ)と申すのは天照大神殿の十種の神宝にゝを入れることであるぞ、
これが一厘の仕組み。二二となるであろう、これが富士の仕組み、
七から八から鳴り鳴りて十となる仕組み、なりなりあまるナルトの仕組み。
富士(不二)と鳴門(成答)の仕組みいよいよぞ、
これがわかりたならば、どんな臣民でも腰を抜かすぞ。
一方的に一神でものを生むことできるのであるが、それでは終わりはまっとうできん。
九分九厘で『リンドマリ』ぞ、神道も仏教もキリスト教もそうであろうがな、
卍(ブッダ)も十(キリスト)もすっかり助けると申してあろうがな、
助かるには助かるだけの用意が必要ぞ。用意はよいか。
このこと大切ごと、気つけておくぞ。なりなりなりて十とひらき、二十二となるぞ、
富士(普字)晴れるぞ、大真理世に出るぞ、新しき太陽が生まれるのであるぞ。

昭和36年9月1日(1961年 皇紀2621年 辛丑)

宇宙天気予報

ttps://swc.nict.go.jp/report/view.html?ym=202405&ids=a2024075&type=daily+weekly+bulletin+topics#js-report-viewer

spaceweather.com

ttps://spaceweather.com/images2024/11may24/x6.gif

香美町かみちょうでオーロラ撮影に成功 地域おこし協力隊の男性「ひょっとしたら」と撮影挑戦 SNSで大反響

ttps://www.kobe-np.co.jp/news/tajima/202405/0017648616.shtml

あのタイミングで「香美町かみちょう」っていうのがなんともはや…。ある意味「狙ったタイトル」だなって思いましたけど。香美町かみちょうって兵庫県北部、日本海側にありますが、緯度だけいうなら関東もそう大差なさそうなのですが、柿岡の気象庁地磁気観測所のK指数が当時「8」くらいなので、「9」をオーバーしないと関東の南側ではちょっと厳しいのでしょうか。近畿地方で低緯度オーロラときて思い出すのが、鎌倉時代の藤原定家の「明月記」の「赤気」についての記述です。当時、見慣れぬ天体現象(天変)は不吉の前兆であると考えられており、人々の関心事でした。建仁四年正月十九日(1204年2月21日)条および同月廿一日(2月23日)条には、京都で定家が「赤気」を見た事を記録しており、恐れを抱いたと記述されています。

【原文】
秉燭以後、北并艮方有赤気、其根ハ如月出方、色白明、其筋遙引、如焼亡遠光、白色四五所、赤筋三四筋、非雲、非雲間星宿歟、光聊不陰之中、如此白光、赤光相交、奇而尚可奇、可恐々々

【訳文】
燭台に燈をともす頃(日が暮れてから)、北及び東北の方向に赤気が出た。その赤気の根元のほうは月が出たような形で、色は白く明るかった。その筋は遠くに続き、遠くの火事の光のようだった。白気(白いところ)が4、5箇所あり、赤い筋が3、4筋出た。それは雲ではなく、雲間の星座でもないようだ。光が少しも翳ることのないままに、このような白光と赤光とが入り交じっているのは、不思議な上にも不思議なことだ。恐るべきことである。

松の巻 第十九帖

改心次第で善の霊と入れ換えて、その日から善き方に廻してやるぞ。
宵の明星が東へ廻っていたら、いよいよだぞ。
天の異変 気づけと、くどう申してあろうがな。
道はまっすぐに行けよ。寄り道するではないぞ。わき目ふると悪魔魅入るぞ。
それも我の心からだぞ。

昭和20年7月4日(1945年 皇紀2605年 乙酉)

紫金之巻 第五帖

岩戸ひらき みほぎの神宝 たてまつらまし。

月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ、空は「ち」の色となるぞ、流れも「ち」じゃ。
人民四つん這いやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ、
大地震、ヒの雨降らせての大洗濯であるから、
一人逃れようとて、神でも逃れることはできんぞ、
天地まぜまぜとなるのぞ、ひっくり返るのぞ。

昭和36年記述日不明(1961年 皇紀2621年 辛丑)

富士の巻 第十六帖

あらしの中の捨小舟ぞ、どこへ行くやら行かすやら、船頭さんにも分かるまい、
メリカ、キリスは花道で、味方と思うた国々も、一つになりて攻めて来る、
梶(かじ)も櫂(かい)さへ折れた舟、何うすることもなくなくに、苦しい時の神頼み、
それでは神も手が出せぬ、腐りたものは腐らして肥料になりと思へども、
肥料にさへもならぬもの、沢山出来て居らうがな、
北から攻めて来るときが、この世の終り始めなり、
天にお日様一つでないぞ、二つ三つ 四つ 出て来たら、この世の終りと思へかし、
この世の終りは神国の始めと思へ臣民よ、神々様にも知らすぞよ、
神はいつでもかかれるぞ、人の用意をいそぐぞよ。

昭和19年8月24日(1944年 皇紀2604年 甲申)

【原文】
高倉院治承五年六月廿五日 庚午 戌時 客星見北方 近王良守傳舎星

【訳文】
1181年8月7日の夜に客星が北の空に見えた.王良に近く伝舎を守る.
(王良 = カシオペヤ座、伝舎 = カシオペヤ座〜きりん座付近 )

ただ、これらの星が太陽レベルで明るく見えるか?といわれると微妙なところです。2020年頃のベテルギウス騒動の時ですら、月ほどは明るいかもしれないとされておりました。ベテルギウスほどの距離があれば、太陽系への影響は観測こそされるでしょうけど、実感するほどでは無いレベルで収まると思います。また、現状でこれだけレアな超新星が複数現れる状況を期待できるのか怪しいところです。

他所様のコメント欄に以前、「松の巻 第十九帖」の「宵の明星が東へ廻っていたら」の話を「2012年5月22日の金環日食」発生時点にあった金星と推測して投稿しました。実はこの時の金環日食と金星の両者は「歴史的に極めて稀」な状況にあった事が後押ししていたからでした。まず金環日食が観測されたのは、東京(島嶼部を除く)では173年ぶり、大阪では282年ぶり、名古屋では932年ぶり!とこれだけ広い地域で観測されたこと自体が「レア」だっただけでなく、協定世界時2012年6月5日から6日にかけて起こった金星の太陽面通過直前であり、8年、105.5年、8年、121.5年の間隔で発生しているものの、次回は最早2117年12月10日から11日となってしまいます。こんなことが同じ時期に重なっており、太陽面通過前であることから金星は確実に東にあったはずです。実は2012年5月22日の金環日食、私も見ました。ところが当時、日月神示を知らず、金星の位置などノーマーク、しかも当日は全国的に曇りだったのです。探したけど金星が写っている写真など見当たりませんでした。「天の異変 気づけと、くどう申して」いる以上は、確実に分かるようにするはずです。だから2025年9月8日の皆既月食の時も、私の観測地点では薄曇りであり、まともに観測できなかった以上、違ったという事なのでしょう。

【レポート】メキシコ皆既日食ツアー速報

ttps://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/13544_eclipse

とりあえず2020年代に日本で見られる日食はもうありませんから、次は2030年6月1日北海道の大部分で金環日食になります。これは、2012年5月21日に日本で見られた金環日食から1サロス周期後になります。しかし中心食が北海道であって、夕方17時前頃という時間を考えると、たとえ金星が何処にあっても、東に見えるほどには太陽から離れてる惑星ではないので違うハズ。2031年5月21日は九州最南端と沖縄、南西諸島での部分日食、2032年11月3日も関東、東北、北海道で太陽が欠けたままで沈む部分日食、しかも日没帯食(日食したまま日没)なので違う。

2035年9月2日北陸から関東で皆既日食

ttps://eclipse-navi.com/ichiran/nendai/2030to2039/2035.html

ひな祭りの夜に皆既月食 2026年3月3日

ttps://turupura.com/gessyoku/kako/20260303/menu.html

直近の月食は今年3月3日です。皆既食は20時4分に始まって、21時3分に皆既食が終了。22時17分に通常の満月に戻ります。今年は観測しやすい時間帯ですね。

冥王星

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/冥王星

エリス (準惑星)

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/エリス_(準惑星)

海王星より外側の天体の大半は極端な楕円軌道を持ちます。のみならずエリスは、43.909°もの軌道傾斜角を成しています。このように見ると、冥王星はまだまともな軌道を持っているように見えます。常識的には「太陽は十の星を従えるぞ」というのは、「水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星」と「月」を加えた十個の天体の事だと思ってはおります。

太陽

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/太陽

HD 162826

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/HD_162826

HD 186302

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/HD_186302

恒星の半数以上が「連星」とみられているようですが、太陽には伴星は確認されておりません。それは同じ分子雲から生まれ、太陽の兄弟星といわれるHD162826、HD186302の存在が理由かもしれません。これらはそれぞれ1.15、0.97±0.01太陽質量であって、表面温度は6,210±13K、5,675±15Kと太陽のサイズ、表面温度(5,778 K)とも大差ないのです。その為に伴星が発生しなかった可能性はあります。同じ分子雲から発生したのだから、三重連星になってもおかしくなったのですが、結果的に太陽、HD162826、HD186302は生き別れになったのです。

木星

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/木星

土星

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/土星

木星は太陽系の最古参

ttps://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/9178_jupiter

グランド・タック・モデル

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/グランド・タック・モデル

ニースモデル

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/ニースモデル

太陽系で木星が一番早く出来たであろう事は、想像に難くありません。そしておそらく早い段階で土星が出来たはずです。そうでないと木星がホット・ジュピターになってしまって、土星は少なくとも今ある姿ではなかったでしょう。それに流体力学モデルを用いたガス円盤中の惑星の振る舞いの研究から、巨大惑星は太陽の方向へ向かって移動することが指摘されており、土星の早期の形成が、木星のホット・ジュピター化を防いだ可能性があります。従って私は「グランド・タック・モデル」というよりは「土星が木星との共鳴に捕獲されることによって、内側への惑星移動は阻害された」と考えている立場です。それでも土星だけでは足りず、火星と木星の間にある「ケレス」の位置にあったかもしれない天体を、潮汐力で破壊した可能性があるのです。あの小惑星群は、破壊されたかつての天体の名残かもしれません。

Five-planet Nice model

ttps://en.wikipedia.org/wiki/Five-planet_Nice_model

5惑星ニースモデル(Google翻訳)

ttps://en-m-wikipedia-org.translate.goog/wiki/Five-planet_Nice_model?_x_tr_sl=auto&_x_tr_tl=ja&_x_tr_hl=ja&_x_tr_pto=wapp

天王星

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/天王星

海王星

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/海王星

天王星の赤道傾斜角は約98度、つまり黄道面に対し横倒しになっているのですが、不思議な事に、衛星や環まで一緒に横倒しとなってしまっている事です。なぜこれほど傾いているのかは、地球サイズの天体が1回ではなく、2回衝突する必要がある事がシミュレーション研究によって判明したとの事です。

天王星、傾いた自転軸の謎が明らかに

ttps://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/5012/

ティティウス・ボーデの法則

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/ティティウス・ボーデの法則

ティティウス・ボーデの法則が天王星までの惑星に精度よく合致したのは、偶然によるところが大きい。一方で、この法則は太陽系の惑星配置に見られる大まかな傾向を、簡潔な数式でうまく表したものという側面もある。ティティウス・ボーデの法則は、0.4と0.3×2nの2つの項の和として表される。仮に定数項0.4が無ければ、法則は等比数列に従った惑星の配置を予測することになる。惑星系の配置について、ランダムな配置や等差数列的配置ではなく、等比的な配置を仮定することには、一定の合理性がある。なぜなら重力の力学はスケールに依存しないからである。太陽系惑星の軌道は完全に等比的ではなく、(海王星を除くと)外側にある惑星では軌道間隔の比が大きくなる傾向にある。ティティウス・ボーデの法則では、等比数列的な惑星の配置を示す0.3×2nの項に、定数項の0.4を加えている。この定数項が存在するため、法則によって予測される惑星軌道半径の比は、外側の惑星ほど小さくなる。太陽系外の惑星系に目を向けた時、この傾向がどれほど普遍的なものなのかは明らかではない。例えば、NASAの宇宙機ケプラーは、3個以上の惑星を含む惑星系を多数発見したが、それらには太陽系とは逆に内側の惑星ほど軌道半径の比が大きくなる傾向が知られている。

ティティウス・ボーデの法則のページの「法則の背景」の記述は、冷静かつ客観的だと思います。とりわけ「仮に定数項0.4が無ければ、法則は等比数列に従った惑星の配置を予測することになる。惑星系の配置について、ランダムな配置や等差数列的配置ではなく、等比的な配置を仮定することには、一定の合理性がある」という点には、全くの同意です。歴史を振り返って、1781年に天王星が発見され、その距離が n=6 の場合に良く合っていたため、法則の信憑性が高まった、とあります。これは元の話に、根拠となる理論が一切無かったのですから仕方ないのです。しかもn=3 に当たる距離には、多数の小惑星が存在していることが判明したものの、「ケレス」 (965.2 x 961.2 x 891.2) ± 2.0 kmを始めとする小惑星の質量をすべて集めても惑星ほどの質量にはならなかったため、木星に集積が妨害されて、微惑星のまま残ったものだと考えられております。ところが1846年に発見された海王星は、 n=7 から予想されていた38.8天文単位から大きくずれた、平均距離30.1天文単位のほぼ円軌道である事が判明したため、法則の信憑性に疑問が出たのも止むを得ませんでした。その一方で(n=4を同宙域で一番大きいケレスと仮定した場合)天王星までの近似は無視出来ませんし、海王星が今の位置にある理由、冥王星より遠くの準惑星とされる天体があまりにも奇妙な軌道を回っているのかが解決されておりません。

a / AU = 0.4 + 0.3 × 2n
惑星計算値実測値(au)
-∞水星0.40.39
0金星0.70.72
1地球1.01.00
2火星1.61.52
3ケレス2.82.77
4木星5.25.20
5土星109.54
6天王星19.619.19
7海王星38.830.06
8冥王星77.239.44
9エリス(参考)15467.71
10セドナ(参考)307.6532.3

ここで三体問題を持ち出します。

三体問題

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/三体問題

天王星の質量は地球の約15倍、海王星は約17倍とわずかに大きいのですが、概ね似たような大きさです。この両者が二重惑星だった場合、比較的安定した軌道を保つだろう事が予想できます。ただし、ここに木星や土星の影響が表れた時、その軌道は乱れる事になるでしょう。天王星の衛星・環が黄道面に対して横倒しになっている事からも、これらが形成されるより以前に発生した出来事であるのは間違いないでしょう。

「惑星系の配置について、ランダムな配置や等差数列的配置ではなく、等比的な配置を仮定することには、一定の合理性がある」のであれば、天王星までは近似していたのですから、寧ろ「何故、海王星がこれほど違っていたのか?」側を考えるべきだと思うのです。地球と月のペアや冥王星とその衛星カロンのペアは二重惑星説がありますが、太陽系外の恒星では、さそり座ニュー星やカシオペヤ座AR星とかいう「七重連星」すらあるのです。天王星と海王星が二重惑星であったとして、いち早く共鳴を確立していた木星と土星の両方により攪乱させられる事となり、天王星と海王星が衝突、その際、両者の位置関係で海王星が飛ばされる事になった、と考えるのは強引ですかね?

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/月

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