日月神示のタイムラインについて

元号西暦干支日本史世界史
寛政13年
享和元年
1801年辛酉国後航路の発見。択捉島開拓。アレクサンドル1世、父パーヴェル1世を暗殺後、ロシア皇帝に即位。リュネヴィル講和条約。トーマス・ジェファーソンが第3代アメリカ合衆国大統領に就任。
享和2年1802年壬戌徳川幕府が蝦夷奉行を置く。グレートブリテン及びアイルランド連合王国(イギリス)とフランス第一共和政との間で講和条約締結。アメリカ合衆国陸軍士官学校開校。ナポレオン一世が終身大統領となる。
享和3年1803年癸亥アメリカ船、長崎に来航し通商を要求。イギリス帝国がタスマニアに植民を開始、インド・デリーを占領。
享和4年
文化元年
1804年甲子ロシア帝国外交官ニコライ・レザノフが長崎の出島に来航。オーストリア大公国等ハプスブルク家の領土を以てオーストリア帝国が成立、神聖ローマ皇帝フランツ2世が初代オーストリア皇帝として即位。ナポレオン一世がフランス皇帝に就任。
文化2年1805年乙丑ナポレオン戦争。トリポリ戦争。
文化3年1806年丙寅ニコライ・レザノフの部下フヴォストフが樺太に上陸、松前藩の番所などを襲撃。神聖ローマ帝国、終焉。プロイセンがフランスに宣戦布告。ナポレオン軍がベルリンに入城。
文化4年1807年丁卯徳川幕府が全蝦夷地を直轄化、箱館奉行を廃止、松前奉行を置く。イギリス議会で奴隷貿易廃止法が可決。イギリス軍がデンマークのコペンハーゲン市街地を無差別砲撃、民間人を虐殺する。
文化5年1808年戊辰間宮林蔵、樺太を探検。イベリア半島戦争。アメリカ、奴隷貿易を禁止。
文化6年1809年己巳エクアドルがスペインからの独立を宣言。
文化7年1810年庚午コロンビアがスペインからの独立を宣言。
文化8年1811年辛未ゴローニンが国後島に上陸し、松前に監禁される。パラグアイがスペインから独立。
文化9年1812年壬申露土戦争 : ブカレスト条約 (1812年)調印により終結。米国が英国に宣戦布告。
文化10年1813年癸酉ナポレオン戦争: ライプツィヒの戦い。
文化11年1814年甲戌ナポレオンが捕えられる。ルイ18世、即位。
文化12年1815年乙亥杉田玄白が蘭学事始を完成。伊能忠敬の第9次測量実施。ウィーン議定書。
文化13年1816年丙子アルゼンチンが スペインから独立を宣言。英使節アマーストが清に来航。
文化14年1817年丁丑ニューヨーク証券取引所が発足する。
文化15年
文政元年
1818年戊寅チリがスペインから独立。アーヘン会議開催。
文政2年1819年己卯「文政近江地震」が発生。スペイン領フロリダの米国への譲渡が決定。
文政3年1820年庚辰米国でミズーリ協定成立。スペイン立憲革命。ナポリ革命。露国探検隊が南極大陸を発見。
文政4年1821年辛巳伊能忠敬らによる『大日本沿海輿地全図』が完成。ペルー、メキシコ、パナマ、グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、コスタリカがスペインから独立。ギリシャ独立戦争。
文政5年1822年壬午ギリシャ第一共和政が発足。ブラジルがポルトガルから独立。
文政6年1823年癸未
文政7年1824年甲申大津浜事件。宝島においてイギリス船が上陸、住民と武士との間に銃撃戦。第一次イギリス・ビルマ戦争勃発。
文政8年1825年乙酉文政の異国船打払令。ボリビアがスペインから独立。ジャワ戦争。
文政9年1826年丙戌
文政10年1827年丁亥イギリス、小笠原諸島の領有宣言。ナヴァリノの海戦。
文政11年1828年戊子シーボルト台風。越後三条大地震。
文政12年1829年己丑文政の大火。
文政13年1830年庚寅徳島藩沖合にイギリスの黒船が出没。インディアン強制移住法成立。フランス7月革命。ベルギー独立革命。ポーランド・ワルシャワで11月蜂起。
文政14年
天保元年
天保2年
1831年辛卯(注・文政13年11月18日~12月9日、天保元年12月10日~2年11月29日)
天保3年1832年壬辰ロシア帝国がポーランド立憲王国を併合。アメリカ合衆国で、ブラック・ホーク戦争始まる。パリで六月暴動が起きる。
天保3年閏
天保4年
1833年癸巳庄内沖地震発生。イギリス軍、フォークランド諸島を再占領。
天保5年1834年甲午フランス、アルジェリア併合。イギリス、東インド会社中国貿易独占権廃止。
天保6年1835年乙未ハレー彗星の近日点通過日。
天保7年1836年丙申テキサス独立戦争: アラモの戦い。
天保8年1837年丁酉大塩平八郎の乱。モリソン号事件。徳川家慶が征夷大将軍に就任。
天保9年1838年戊戌イギリス軍がアフガニスタンに宣戦布告(第一次アフガン戦争)。イギリス全土で選挙法改正運動(チャーチスト運動)。フランス、メキシコに宣戦。
天保10年1839年己亥蛮社の獄。第2次エジプト・トルコ戦争。
天保11年1840年庚子アヘン戦争。
天保12年1841年辛丑
天保13年1842年壬寅江戸幕府が異国船打払令を廃止、薪水給与令復活。清国とイギリスの間で南京条約が締結されアヘン戦争終結。
天保14年1843年癸卯
天保15年1844年甲辰(注・旧1月1日より寛政暦から天保暦に改暦)オランダ国王、幕府に書簡で開国を勧告。フランス軍艦、那覇に来航。アメリカ合衆国・清の間で望厦条約締結。フランス・清の間で黄埔条約締結。
弘化元年
弘化2年
1845年乙巳
弘化3年1846年丙午米国軍艦2隻が浦賀水道に来航し通商を打診、浦賀奉行が通商拒否・退去通告。米墨戦争。
弘化4年1847年丁未善光寺地震。フランスがベトナム侵略開始。国際秘密結社「共産主義者同盟 」結成。
弘化5年
嘉永元年
1848年戊申(注・~嘉永元年2月28日)マルクスとエンゲルス「共産党宣言」発表。ヨーロッパ各地で1848年革命。第二次シク戦争。ハンガリー独立宣言。
嘉永2年1849年己酉米国軍艦プレブル号長崎来航。英国軍艦マリナー号、江戸湾測量。イギリスによるインドの植民地化が完了。
嘉永3年1850年庚戌別段風説書で幕府がアメリカ艦隊の来日を知る。リーマン・ブラザーズ創立。イギリス海峡で初の海底ケーブル敷設。
嘉永3年
嘉永4年
1851年辛亥(注・嘉永3年11月29日~嘉永4年12月9日)後の皇帝ナポレオン3世のクーデター。
嘉永4年
嘉永5年
1852年壬子(注・嘉永4年12月10日~嘉永5年11月21日)露船メンチコフ号、下田来航。大英博物館完成。
嘉永5年
嘉永6年
1853年癸丑(注・嘉永5年11月22日~嘉永6年12月2日)ペリーら浦賀へ来航(黒船来航)。オスマン帝国がロシアに宣戦布告(クリミア戦争)。
嘉永6年
嘉永7年
1854年甲寅(注・嘉永6年12月3日~嘉永7年11月12日)日米和親条約。日英和親条約締結。イギリス、フランスがロシアに宣戦布告(クリミア戦争)
嘉永7年
安政元年
安政2年
1855年乙卯(注・嘉永7年11月13日~嘉永7年11月26日、安政元年11月27日~安政2年11月23日)日露和親条約調印。
安政2年
安政3年
1856年丙辰(注・安政2年11月24日~安政3年12月5日)下田に米国領事館設置。日蘭和親条約。パリ条約締結により、クリミア戦争終結。清でアロー号事件が起こる。
安政3年
安政4年
1857年丁巳(注・安政3年12月6日~安政4年11月16日)モルモン教徒とアメリカ陸軍によるユタ戦争。
安政4年
安政5年
1858年戊午(注・安政4年11月17日~安政5年11月27日)日米修好通商条約調印。安政の大獄。アロー戦争: 天津条約締結。
安政5年
安政6年
1859年己未(注・安政5年11月28日~安政6年12月8日)安政の大獄: 吉田松陰が斬首刑。第二次イタリア独立戦争。
安政6年
安政7年
万延元年
1860年庚申(注・安政6年12月9日~安政7年3月17日、万延元年3月18日~万延元年11月20日)桜田門外の変。咸臨丸、太平洋横断航行。エイブラハム・リンカーンがアメリカ合衆国大統領に当選。
万延元年
万延2年
文久元年
1861年辛酉(注・万延元年11月21日~万延2年2月18日、文久元年2月19日~文久元年12月1日)。日普修好通商条約調印。米南北戦争。
文久元年
文久2年
1862年壬戌(注・文久元年12月2日~文久2年11月11日)。幕府が派遣する第1回留学生が長崎を出帆。寺田屋事件。生麦事件。ロンドンのフリーメーソン会館で労働者国際集会開催。ダコタ戦争。
文久2年
文久3年
1863年癸亥(注・文久2年11月12日~文久3年11月21日)。薩英戦争。
文久3年
文久4年
元治元年
1864年甲子(注・文久3年11月22日~文久4年2月19日、元治元年2月20日~元治元年12月3日)。禁門の変。第一次長州征討。池田屋事件。下関戦争。「国際労働者協会」第一インターナショナル結成。
元治元年
元治2年
慶応元年
1865年乙丑(注・元治元年12月4日~元治2年4月6日、慶応元年4月7日~慶応元年11月14日)
慶応元年
慶応2年
1866年丙寅(注・慶応元年11月15日~慶応2年11月25日)。第二次長州征討。薩長同盟。『資本論』第1巻刊行。普墺戦争。
慶応2年
慶応3年
1867年丁卯(注・慶応2年11月26日~慶応3年12月6日)。大政奉還。近江屋事件。
慶応3年
慶応4年
明治元年
1868年戊辰(注・慶応3年12月7日~慶応4年1月1日、明治元年1月1日~11月18日)。王政復古の大号令。戊辰戦争。
明治元年
明治2年
1869年己巳(注・明治元年11月19日~明治2年11月29日)。箱館戦争。
明治2年
明治3年
1870年庚午(注・明治2年11月30日~明治3年11月10日)普仏戦争。
明治3年
明治4年
1871年辛未(注・明治3年11月11日~明治4年11月20日)。廃藩置県。プロレタリア独裁政府パリ・コミューン樹立。
明治4年
明治5年
1872年壬申(注・明治4年11月21日~明治5年12月2日)。富岡製糸場操業開始。
明治6年1873年癸酉日本の改暦ノ布告(明治5年旧12月3日を明治6年1月1日とする)。明治六年政変。日清修好条規発効。米国で恐慌(1873年恐慌)。
明治7年1874年甲戌台湾出兵。
明治8年1875年乙亥江華島事件。
明治9年1876年丙子廃刀令。日朝修好条規調印。セルビアとモンテネグロはオスマン帝国に対し、宣戦を布告、ブルガリア人の四月蜂起。
明治10年1877年丁丑西南戦争。露土戦争。
明治11年1878年戊寅竹橋事件。露土戦争がサン・ステファノ条約締結により講和。第二次アフガン戦争。
明治12年1879年己卯大阪で朝日新聞社創立。英国がズールー王国に侵攻。
明治13年1880年庚辰第一次ボーア戦争( – 1881年)。
明治14年1881年辛巳秋田事件。ロシア帝国・清間でイリ条約締結。ロシア帝国でエリザヴェトグラードからポグロムが始まる。マフディーの反乱。
明治15年1882年壬午軍人勅諭発布。岐阜事件。福島事件。「ホバベイ・ジオン」や「ビールー」組織的なユダヤ移民の第一波がパレスチナに到着。
明治16年1883年癸未日本鉄道開業(上野・熊谷間)。
明治17年1884年甲申秩父事件。群馬事件。加波山事件。飯田事件。安房事件。夷隅事件。清仏戦争。
明治18年1885年乙酉脱亜論。伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任。ルイ・パスツール開発の狂犬病ワクチンが初めて人体に接種。
明治19年1886年丙戌メートル条約加入。ビルマが英領インドに併合。インディアン戦争: ジェロニモが降伏。アフリカ分割: 英領東アフリカと独領東アフリカの境界を協定。
明治20年1887年丁亥米上院が海軍の真珠湾使用を承認(ハワイ王国からの獲得は11月)。
明治21年1888年戊子東京朝日新聞創刊。
明治22年1889年己丑第二インターナショナル結成。ウラジーミル・レーニン、『共産党宣言』をロシア語に翻訳。
明治23年1890年庚寅エルトゥールル号遭難事件。米国でウンデット・ニーの虐殺。
明治24年1891年辛卯卒業式で君が代が歌われる。ユダヤ人がモスクワから追放される。シベリア鉄道起工。
明治25年1892年壬辰伝染病研究所設立。東京湾北部でM6.2クラスの地震発生。出口なおに艮の金神帰神。フリードリヒ・エンゲルスが第二インターナショナルの名誉会長に選出される。「シオンを愛する人々」ピンスケル、パレスチナに最初のユダヤ人コロニー成立。
明治26年1893年癸巳アメリカ海兵隊がイオラニ宮殿を包囲、ハワイ革命、ハワイ王国滅亡。米国で金融恐慌(1893年恐慌)。パークナム事件。
明治27年1894年甲午明治東京地震。日英通商航海条約調印(領事裁判権撤廃)。日本海軍初の聯合艦隊。
日本軍が朝鮮王宮を占領。日清戦争。
ハワイが共和国を宣言。第一次エチオピア戦争。「ドレフュス事件」発生。
明治28年1895年乙未日清講和条約(下関条約)調印。フランス、ドイツ帝国、ロシア帝国、三国干渉。レーニン、労働者階級解放闘争同盟結成。
明治29年1896年丙申明治三陸地震。陸羽地震。テオドール・ヘルツルが『ユダヤ人国家』を出版。政治的シオニズム運動の始まり。
明治30年1897年丁酉足尾鉱毒被害者800名が上京して請願運動。労働組合期成会結成。「第1回シオニスト会議」開催、「バーゼル綱領」採択(1903年に「シオン賢者の議定書」として発覚)。
明治31年1898年戊戌西・ローゼン協定。片山潜、横山源之助らが貧民研究会を結成。ハワイ共和国、米国に併合。米西戦争。米軍がグアム島、プエルトリコに侵攻(翌日占領)。露清条約。フランスが広州湾を清より租借。英国が九龍半島、威海衛を清から租借。ロシア社会民主労働党結成。
明治32年1899年己亥布引丸事件。米比戦争。コロンビアで千日戦争勃発。
明治33年1900年庚子川俣事件。社会主義協会発足。馬蹄銀事件。義和団の乱。
明治34年1901年辛丑社会民主党設立(即日禁止)。国家主義団体・黒龍会創立。日英同盟交渉開始。「ユダヤ国民基金」パレスチナの土地を買い求め、ユダヤ人移民に貸与、その土地をパレスチナ人には貸与禁止。米セオドア・ルーズベルト大統領就任、棍棒外交を示唆。ロシアでエスエル(社会革命党)結成。
明治35年1902年壬寅第1次日英同盟調印・発効。
明治36年1903年癸卯龍岩浦事件。七博士建白事件。
明治37年1904年甲辰日露戦争。ジェイコブ・シフ、日本に2億ドルの融資
明治38年1905年乙巳ポーツマス条約。ロシア第一革命・血の日曜日事件。ユダヤ移民の第二波、主にロシアより到着。
明治39年1906年丙午日本社会党結成。
明治40年1907年丁未日仏協約調印。ボリシェヴィキがチフリスで現金輸送車を襲撃。英露協商。
明治41年1908年戊申シベリアでツングースカ大爆発.
明治42年1909年己酉ユダヤ人最初の町「テルアビブ」が創設。
明治43年1910年庚戌幸徳事件、南北朝正閏問題。
明治44年1911年辛亥明治天皇が最終的に南朝を正統に決定したため、政府は皇統譜令(旧皇統譜令)第41条を定めて、北朝の天皇は皇統譜から除外された。辛亥革命。イタリア・トルコ戦争。
明治45年
大正元年
1912年壬子(注・明治45年1月1日~7月30日、大正元年7月30日~12月31日)、明治天皇崩御、皇太子嘉仁親王践祚(第123代天皇、大正天皇)。上杉慎吉が天皇主権説を発表。美濃部達吉が天皇機関説を発表。清の滅亡、孫文が南京で中華民国の成立を宣言。第一次バルカン戦争勃発。
大正2年1913年癸丑
大正3年1914年甲寅大日本帝国がドイツに宣戦布告する(第一次世界大戦)。サラエボ事件、第一次世界大戦。
大正4年1915年乙卯大英帝国がトルコ支配下のアラブ人に「アラブ国家樹立」を約束、一方で戦後の中東をフランスとロシアで山分けするための秘密条約(サイクス・ピコ条約)に調印。イギリス情報部員ローレンスの指導下に「アラブの反乱」が起きる。
大正5年1916年丙辰
大正6年1917年丁巳日本艦隊の欧州派遣を閣議決定。ロシア二月革命。十月革命。ジェイコブ・シフがレーニン、トロツキーに対してそれぞれ2,000万ドルの資金を提供、「ソビエト政権」が樹立、大英帝国がユダヤ人大富豪家のライオネル・ロスチャイルド卿に「ユダヤ国家樹立」を約束する書簡(バルフォア宣言)。イギリス軍、エルサレムに入城、パレスチナ支配終結。
大正7年1918年戊午日本が英米仏軍と共にシベリア出兵をすることを宣言。アラブ人の反英・反ユダヤ闘争開始。ソビエト政権が戦時共産主義を採用。ドイツ革命、ドイツが共和国を宣言。
大正8年1919年己未関東軍司令部条例公布(関東軍設置)。ウラジーミル・レーニン、国際共産主義組織「コミンテルン」設立。ドイツ労働者党結成。
大正9年1920年庚申大日本帝国、国際連盟へ正式加入。日本社会主義同盟結成。国際連盟設立。
元号西暦干支※5※1※2※3※4関係する神示出来事
大正10年1921年辛酉8/19マコトのことはトリの年日本・米国・英国・フランス、四か国条約、バーデン=バーデンの密約
大正11年1922年壬戌9/20〇/十ソビエト連邦成立。コミンテルン日本支部・日本共産党創立。国際連盟がイギリスのパレスチナ支配を正式に承認。
大正12年1923年癸亥10/ー一/九関東大震災、排日移民法(ジョンソン=リード法)
大正13年1924年甲子二/八皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)と良子女王(後の香淳皇后)が結婚
大正14年1925年乙丑ー/11三/七日ソ基本条約締結
大正15年
昭和元年
1926年丙寅1/12四/六大正天皇崩御、摂政皇太子裕仁親王が践祚
昭和2年1927年丁卯2/13五/五大正天皇大喪、南京事件
昭和3年1928年戊辰3/14六/四昭和天皇の即位の礼挙行、コミンテルン1928年テーゼ
昭和4年1929年己巳4/15七/三スターリンの独裁体制が確立、四・一六事件
昭和5年1930年庚午5/16八/二共産党員全国一斉検挙開始
昭和6年1931年辛未6/17九/一三月事件、柳条湖事件→満洲事変、十月事件(錦旗革命事件)、コミンテルン指令1931年
昭和7年1932年壬申7/18十/〇第一次上海事変、五・一五事件、司法官赤化事件
昭和8年1933年癸酉8/19マコトのことはトリの年、十二年遅れているのを取り戻すのであるから皇太子明仁親王誕生、フランクリン・ルーズベルトが米大統領に就任
昭和9年1934年甲戌9/20〇/十陸軍省が国防の本義と其強化の提唱を配布、陸軍士官学校事件
昭和10年1935年乙亥10/ー一/九永田鉄山暗殺事件(相沢事件)
昭和11年1936年丙子当歳二/八ニ・ニ六事件、西安事件
昭和12年1937年丁丑ー/11二歳三/七日中戦争、コミンテルン指令1937年、隔離演説
昭和13年1938年戊寅1/12三歳四/六国際連盟加盟国の対日経済制裁
昭和14年1939年己卯2/13四歳五/五日米通商航海条約破棄通告
昭和15年1940年庚辰3/14五歳六/四仏印進駐、日独伊三国同盟、世界最終戦論
昭和16年1941年辛巳4/15六歳七/三ゾルゲ事件、大東亜戦争開戦
昭和17年1942年壬午5/16七歳八/二ミッドウェー海戦
昭和18年1943年癸未6/17八歳九/一イタリア降伏、連合国へ寝返り
昭和19年1944年甲申7/18九歳十/〇九歳は神界の紀の年昭和東南海地震
昭和20年1945年乙酉8/19十歳元津御神の御光の、輝く御代ぞ近づけり。旧九月八日とどめぞ大東亜戦争終戦
昭和21年1946年丙戌9/20ひ/け〇/十01 ア/ヲこれで一の御用は済みたぞ新日本建設に関する詔書
昭和22年1947年丁亥10/ーふ/れ一/九02 イ/ヱ神の仕組一切り、言答明けたる今日ぞ日本国憲法施行
昭和23年1948年戊子み/ほ二/八03 ウ/ウ子の歳真ん中にして前後十年が正念場極東国際軍事裁判判決
昭和24年1949年己丑ー/11よ/ゑ三/七04 エ/ヰ昭和24年台風第9号、湯川秀樹、ノーベル物理学賞受賞
昭和25年1950年庚寅1/12い/せ四/六05 オ/ワ昭和25年台風第28号、朝鮮戦争
昭和26年1951年辛卯2/13む/あ五/五06 ㋳/ロ旧日米安保条約
昭和27年1952年壬辰3/14な/す一帖/三十帖六/四07 ㋑/レサンフランシスコ平和条約発効
昭和28年1953年癸巳4/15や/ま二帖/二十九帖七/三08 ㋴/ル昭和28年西日本水害、アイゼンハワー「平和のための原子力」演説
昭和29年1954年甲午5/16こ/の三帖/二十八帖八/二09 ㋓/リ第五福竜丸がビキニ環礁においてアメリカの水爆実験によって被爆、第一回ビルダーバーグ会議
昭和30年1955年乙未6/17と/て四帖/二十七帖九/一10 ㋵/ラ55年体制確立
昭和31年1956年丙申7/18も/へ五帖/二十六帖十/〇11 ㋻/ヨ日ソ共同宣言
昭和32年1957年丁酉8/19ち/り六帖/二十五帖12 ㋼/エマコトのことはトリの年東海村原子炉JRR-1臨界
昭和33年1958年戊戌9/20ろ/さ七帖/二十四帖〇/十13 ㋽/ユ欧州経済共同体設立
昭和34年1959年己亥10/ーら/に八帖/二十三帖一/九14 ㋾/イ伊勢湾台風、ハワイがアメリカ50番目の州となる
昭和35年1960年庚子ね/え九帖/二十二帖二/八15 カ/ヤ60年安保条約、所得倍増計画
昭和36年1961年辛丑ー/11し/お十帖/二十一帖三/七16 キ/モ十年遅れると申してあるがアイゼンハワー退任演説
昭和37年1962年壬寅1/12き/う十一帖/二十帖四/六17 ク/メ東京都が世界初の常住人口1000万人突破
昭和38年1963年癸卯2/13る/か十二帖/十九帖五/五18 ケ/ムケネディー大統領暗殺事件
昭和39年1964年甲辰3/14ゆ/め十三帖/十八帖六/四19 コ/ミベトナム戦争、1964年東京オリンピック
昭和40年1965年乙巳4/15ゐ/く十四帖/十七帖七/三20 サ/マ国際連合安全保障理事会非常任理事国に当選
昭和41年1966年丙午5/16つ/は十五帖/十六帖八/二21 シ/ホ総人口一億人突破
昭和42年1967年丁未6/17わ/た十六帖/十五帖九/一22 ス/ヘブリュッセル条約
昭和43年1968年戊申7/18ぬ/を十七帖/十四帖十/〇23 セ/フイタイイタイ病公害病認定、カネミ油脂事件
昭和44年1969年己酉8/19そ/そ十八帖/十三帖24 ソ/ヒマコトのことはトリの年日本のGNPが西ドイツを抜き世界第2位に
昭和45年1970年庚戌9/20を/ぬ十九帖/十二帖〇/十25 タ/ハ核拡散防止条約、よど号ハイジャック事件
昭和46年1971年辛亥10/ーた/わ二十帖/十一帖一/九26 チ/ノ世界経済フォーラム設立、ダボス会議
昭和47年1972年壬子は/つ二十一帖/十帖二/八27 ツ/ネ沖縄返還、台湾日本との国交断絶
昭和48年1973年癸丑ー/11く/ゐ二十二帖/九帖三/七28 テ/ヌ第1次オイルショック
昭和49年1974年甲寅1/12め/ゆ二十三帖/八帖四/六29 ト/ニウォーターゲート事件
昭和50年1975年乙卯2/13か/る二十四帖/七帖五/五30 ナ/ナベトナム戦争終結
昭和51年1976年丙辰3/14う/き二十五帖/六帖六/四31 ニ/トロッキード事件、ベレンコ中尉亡命事件
昭和52年1977年丁巳4/15お/し二十六帖/五帖七/三32 ヌ/テ横田めぐみさん拉致事件
昭和53年1978年戊午5/16え/ね二十七帖/四帖八/二33 ネ/ツ第2次オイルショック、日中平和友好条約
昭和54年1979年己未6/17に/ら二十八帖/三帖九/一34 ノ/チスリーマイル島原発事故
昭和55年1980年庚申7/18さ/ろ二十九帖/二帖十/〇35 ハ/タ1980年モスクワオリンピックボイコット
昭和56年1981年辛酉8/19り/ち三十帖/一帖36 ヒ/ソマコトのことはトリの年敦賀発電所放射能漏れ事故、レーガノミクス
昭和57年1982年壬戌9/20へ/も〇/十37 フ/セ第8回先進国首脳会議
昭和58年1983年癸亥10/ーて/と一/九38 ヘ/ス戸塚ヨットスクール事件
昭和59年1984年甲子の/こ二/八39 ホ/シグリコ森永事件
昭和60年1985年乙丑ー/11ま/や三/七40 マ/サプラザ合意・日本航空123便墜落事故
昭和61年1986年丙寅1/12す/な四/六41 ミ/コ三井物産マニラ支店長誘拐事件
昭和62年1987年丁卯2/13あ/む五/五42 ム/ケルーブル合意、国鉄分割民営化
昭和63年1988年戊辰3/14せ/い六/四43 メ/ク五十二才 二の世の始ソ連がペレストロイカ開始
昭和64年
平成元年
1989年己巳4/15ゑ/よ七/三44 モ/キ昭和天皇崩御、平成天皇即位、消費税導入
平成2年1990年庚午5/16ほ/み八/二45 ヤ/カ湾岸戦争
平成3年1991年辛未6/17れ/ふ九/一46 イ/㋾バブル崩壊、ソ連崩壊
平成4年1992年壬申7/18け/ひ十/〇47 ユ/㋽バブル景気「公式」終結、就職氷河期元年、アジェンダ21
平成5年1993年癸酉8/19い/ん48 エ/㋼マコトのことはトリの年、五十六才七ヶ月 みろくの世55年体制崩壊
平成6年1994年甲戌9/20ろ/す〇/十49 ヨ/㋻天明九十六才七ヶ月、ひらく、四十九、天明 神示書かす御役ぞ松本サリン事件
平成7年1995年乙亥10/ーは/せ一/九50 ラ/㋵阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件
平成8年1996年丙子に/も二/八51 リ/㋓薬害エイズ事件民事和解成立
平成9年1997年丁丑ー/11ほ/ひ三/七52 ル/㋴消費税増税、日本銀行法全面改正案可決成立
平成10年1998年戊寅1/12へ/ゑ四/六53 レ/㋑完全失業率4.1%、Google設立
平成11年1999年己卯2/13と/し五/五54 ロ/㋳東海村JCO臨界事故、労働者派遣法規制緩和
平成12年2000年庚辰3/14ち/み六/四55 ワ/オミレニアム開発目標(MDGs)
平成13年2001年辛巳4/15り/め七/三56 ヰ/エ第1次小泉内閣、アメリカ同時多発テロ事件
平成14年2002年壬午5/16ぬ/ゆ八/二57 ウ/ウ持続可能な開発に関する世界首脳会議
平成15年2003年癸未6/17る/き九/一58 ヱ/イ第二次湾岸戦争、SARS-CoV-1発生
平成16年2004年甲申7/18を/さ十/〇59 ヲ/ア製造業務への労働者派遣解禁
平成17年2005年乙酉8/19わ/あマコトのことはトリの年地球温暖化防止条約京都議定書発効、郵政解散
平成18年2006年丙戌9/20か/て〇/十第1次安倍内閣、ライブドア事件
平成19年2007年丁亥10/ーよ/え一/九安倍晋三首相辞任、郵政民営化
平成20年2008年戊子た/こ二/八リーマン・ショック、世界同時株安
平成21年2009年己丑ー/11れ/ふ三/七鳩山内閣、欧州連合リスボン条約発効
平成22年2010年庚寅1/12そ/け四/六尖閣諸島中国漁船衝突事件
平成23年2011年辛卯2/13つ/ま五/五東日本大震災、福島第一原子力発電所事故
平成24年2012年壬辰3/14ね/や六/四持続可能な開発に関する国連会議(リオ+20)、第2次安倍内閣
平成25年2013年癸巳4/15な/く七/三日本の竹島領有権を主張する動画を公開
平成26年2014年甲午5/16ら/お八/二日ロ首脳会談、クリミア危機
平成27年2015年乙未6/17む/の九/一持続可能な開発のための2030アジェンダ、持続可能な開発目標(SDGs)
平成28年2016年丙申7/18う/ゐ十/〇COP21パリ協定
平成29年2017年丁酉8/19ゐ/うマコトのことはトリの年ドナルド・トランプ米大統領就任
平成30年2018年戊戌9/20の/む〇/十築地市場営業終了
平成31年
令和元年
2019年己亥10/ーお/ら一/九令和天皇即位、イベント201、SARS-CoV-2発生
令和2年2020年庚子く/な二/八世界経済フォーラム第50回年次総会(グレートリセット)、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく初の緊急事態宣言を発令
令和3年2021年辛丑ー/11や/ね三/七延期されていた2020年東京オリンピック・パラリンピックを開催、ジョー・バイデン米大統領就任
令和4年2022年壬寅1/12ま/つ四/六ロシアがウクライナ侵攻、安倍晋三銃撃事件
令和5年2023年癸卯2/13け/そ五/五イスラエルがハマスを言い訳にしてガザ地区のパレスチナ人を大量虐殺開始、自由民主党5派閥における政治資金パーティー収入裏金問題
令和6年2024年甲辰3/14ふ/れ六/四令和6年能登半島地震、羽田空港地上衝突事故、ドナルド・トランプ米大統領再選
令和7年2025年乙巳4/15こ/た七/三イラン・イスラエル戦争でイスラエルと支援したアメリカが敗北、トカラ列島群発地震、高市早苗が総理大臣就任
令和8年2026年丙午5/16え/よ八/二
2027年丁未6/17て/か九/一
2028年戊申7/18あ/わ十/〇
2029年己酉8/19さ/をマコトのことはトリの年
2030年庚戌9/20き/る〇/十
2031年辛亥10/ーゆ/ぬ一/九
2032年壬子め/り二/八
2033年癸丑ー/11み/ち三/七
2034年甲寅1/12し/と四/六
2035年乙卯2/13ゑ/へ五/五宵の明星が東へ廻っていたら、いよいよだぞ2035年9月2日皆既月食、太陽の左下に金星
2036年丙辰3/14ひ/ほ六/四
2037年丁巳4/15も/に七/三
2038年戊午5/16せ/は八/二
2039年己未6/17す/ろ九/一
2040年庚申7/18ん/い十/〇
2041年辛酉8/19マコトのことはトリの年、↓大いなるタメシ?
2042年壬戌9/20
2043年癸亥10/ー
2044年甲子
※1 :元は十と四十七と四十八
※2 :三十年一切ぞ 
※3 :富士(二二)の仕組み:(一二三/春マケ):(三四五/夏マケ)
:(五六七/秋マケ):(六六六):(七八九/冬マケ)
:(九十/ハルマゲドン)
※4 :元の人三人、その下に七人、その下に七七、四十九人、合して五十九
※注 一柱一年と思いますが、実際は翌年に被ると思います。
※5  : 子の歳真ん中にして前後十年

まずは日月神示関連の年表です。このブログは2024年から運営しているのですけど、今回作り直している所ですので、以前から読んでくれた人ならいざ知らず、初見の人だと何でこんな年表なのか意味が分からないと思います。このページは、日月神示で伝えられている事象と、それに関連すると思われる事象を年代ごとに考察した年表と、神示の仕組みの分析についての投稿をリンクするまとめページであり、トップメニューからこのページに来れば、神示の仕組みについてのリンクが見れるようにしたのです。ブログって目的の記事まで掘っていかなければならないけど、ホームページ的な構造ならば最短コースで見れる。このブログのリニューアルの目的の一つがコレなのです。

本ページは随時更新の予定です。最終更新/2026年2月6日

2026年1月6日「秋の巻 第二十三帖」

2026年1月11日「日の出の巻 第二帖」

2026年1月13日「至恩之巻 第十六帖」

2026年1月28日「海の巻 第二帖」

2026年2月6日「上つ巻 第十三帖」

2026年1月1日 「月光の巻 第十七帖」

そなたの仕事、思いつき結構であるが、神の御意志を頂かねば成就せん。
神と申しても、そなたが勝手に決めた神や宗教で固めた制限された神ではないぞ。
わかっただけでは駄目ぞ。行じねばならん。生活しなければならん。
芸術しなければならん。

昭和34年1月3日(1959年 皇紀2619年 己亥)

「それでも煩悩が巡っている」の「108」です。

長らくの更新停止で大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。

昨年の夏あたりから、特に海外からのアクセスが急増しておりまして、これがどっかのデータセンターのbot程度ならばまだ我慢できるものの、明らかに不審なアクセスが見られるようになった為、対処する事にしたのです。右クリック禁止の処置は対応策を練るまでの暫定的な処置で、今回の更新により解除しました。一抹の不安が残りますが。

これらの不審なアクセスの全て100%がVPN経由のアクセスでした。そもそもVPNという技術はこんな目的のために開発された技術ではない事は承知しております。しかしながら、「compromise」と判断されたアクセス全てがVPN経由であるなら遮断せざるを得ない。以外にもプロキシや、torの使用が見受けられなかったのは意外でしたが、今や、不正アクセスのトレンドはVPNに移ったとみて良いのかもしれません。VPN各社のIPをシャットアウトする方法を書いておられたブログもあったのですが、今回はその手段は見送りました。いたちごっこになるのが明白なので。ここまでしてもVPNプラグインをインストールしたブラウザ等には対応出来ておりませんが、桁が違うレベルで楽になりました。

先述した海外からのアクセスの大半は「Boardman」、「Columbus」、「council bluffs」、「Ashburn」などで、多くのWordPressユーザーも困っているみたいで、企業のデータセンターのbotでは?というコメントでした。こんな連中の怪しいビッグデータの構築やらAIの教育なんかに付き合ってやる義務などは無いので、ついでにシャットアウトする事にしました。

そもそもサーバー側とプラグインの両方で、海外からのアクセスを拒否設定にしているにも関わらず、あんな連中だけでなく、南アフリカやらベトナムなどからアクセスされるなんて、誰が考えてもおかしいと思うでしょ?

もう一つはブログの性質上、同一のテーマを扱った記事の場合、まとめたくなったという事にあります。今から書く記事もこれにあたります。初詣で麻賀多神社に参拝に伺った話については、本ブログ初投稿である2024年1月2日当時がオリジナルで、同年中に1回目のブログ更新で記事を書き換えた旧「第零話」、天日津久神社の由来について考察している旧「第二十五話」を今回のブログ更新にあたって記事をまとめました。タイムライン更新はもう少々お待ちください。重ね重ねご迷惑をおかけして申し訳ありません。

元々は、「日月神示の考察と日夜起こる出来事をこじつける罰当たりなブログ」として始めたわけですが、訳あって麻賀多神社に御札を返してきましたので、更新にあたりキャッチフレーズも「0=1=i=∞=1⁄∞」となっております。これではこのブログが何なのかサッパリですが、もう集客はあきらめました。こんな世の中でもありますし、縁があるのなら見てくれるだろう位に思ってます。

とはいえ、タイトルにあるように「神の御意志を頂かねば成就せん」とありますし、「ひつくの神にひと時拝せよ」(地つ巻 第九帖)という事もあり、2023年12月9日にブログ開設のお伺いに麻賀多神社(台方)を参拝したのですが、この話は旧旧「第零話」には書いておきながら、旧「第零話」で書き忘れていました(ダメじゃん…)。

ここまでの道すがら、12月だというのにまだ虫が鳴く音が聞こえてる!この話を執筆している2025年の12月現在とはえらい違いで、現在の方が普通の冬っぽいといえばそうなのでしょう。一方でここに着いたのは、午後2:00過ぎくらいなんですけど、日中なのにどことなく夕方っぽさを感じるのが12月らしいところ。だから暮れって言うのでしょうか?

ところで、境内では写真一枚も撮っていないんです。緊張感というか、圧迫感というか、気後れしたのか…。神社でこんなに緊張するのはここ台方だけです。参拝に来るたびに叱られに来ているような気分なのは、恐らく私が至らぬ故なのでしょう。

参拝を終えて、奥宮へお伺いする事にしました。実は麻賀多神社の名前を知ったのは奥宮の方が先だったのです。以前していた仕事で、成田駅西口大通りから国道464号線に至る道を通っていました。通りには看板もあって「変わった名前の神社だな」と。その当時は寧ろ日月神示の方を知らなかった位で。

台方の裏手に岡本天明氏の住居の跡地があります。実は最初の訪問でも後述する2024年元旦の再訪時でも人がいたからか写真撮っていなかったのです。これは2024年5月に参拝した時。

天つ巻 第八帖

嵐の中の捨て小舟と申してあるが、今その通りとなっておろうがな、
どうすることもできまいがな、船頭どの、苦しい時の神頼みでもよいぞ、
神まつりてくれよ、神にまつわりてくれよ、神はそれを待っているのだぞ、
それでもせぬよりはましぞ、そこに光あらわれるぞ。
光あらわれると道はハッキリとわかって来るのぞ、
この方に騙されたと思って、言う通りにして見なされ、
自分でもビックリするように結構ができてるのにビックリするぞ。
富士の御山に腰かけて、この方 世界中守るぞ。
辛酉、結構な日と申してあるが、結構な日は恐い日であるぞ。
天から人が降る、人が天に昇ること、昇り降りで忙しくなるぞ。
てんし様 御遷り願う時近づいて来たぞよ。
奥山に紅葉あるうちにと思えども、いつまでも紅葉ないぞ。

昭和19年9月2日(1944年 皇紀2604年 甲)

日月神示の奥山=天明氏が住んでいる所なのですが(ちなみに富士山が一の宮です、これは後述します)、紅葉が残ってて間に合ったな、と。

船形の奥宮はホントに落ち着く所だと思います。社伝によれば日本建尊が杉の幹に鏡を懸け、伊都許利命が船形に社殿を造営し、その鏡を神体として稚日霊命を祀り、杉の木の下から7つの玉を掘り出して神体とし、和久産巣日神を併せ祀ったとされております。その伊都許利命の墳墓は写真奥の高台になっている所です。

時に2024年1月1日午前3時前位、「京成って終夜運転してたっけ」とか思い付きで宗吾参道駅へ。コンビニで腹ごしらえした後、一路印旛沼を目指します。初日の出の撮影の為。散歩している人に挨拶。「正月って不思議に晴れますね」と言うと「そう言えばそうかも」と。正直、私の記憶にある中では天気が悪かった記憶が無いのです。まぁ、忘れているだけかもですが。家を出た時は、東の方角が雲が多かったので冷や冷やしていましたが。

西側には雲が残っています。そして日と月の対比。

それでは麻賀多神社に向かうことにします。「一の鳥居」のそばには、かつての渡船の史跡がありました。昭和43年まで橋が無かったというのが驚き。下のリンク見ると印旛沼開発の完成は昭和44年と、思っていたよりは近年ではあります。

印旛沼開発の歴史 1. 近代までの開発経緯 【事業に至る経緯】

ttps://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kokuei/inba/keii/01.html

私は生まれも育ちも千葉県で、学生時代には香取海かとりのうみ、利根川、江戸川、手賀沼、印旛沼の干拓の歴史を教えてくれた先生がいた世代であって、この地もまたかつて「香取海」の一部だった事は知ってはおりました。「海マアカタとは印旛」(日の出の巻 第十八帖)とは、「香取海」だった話からと思います。2011年の東日本大震災の後、対岸の印西市や柏市でも「液状化」が見られました。関東平野の低地は埋立地と同義語だと思って良い位。以前どこかの掲示板で、千葉に住みたいという人に香取海を例に出して「可能な限り高台に住んだ方がいい」と言ったことがあります。その高台ですら、少し低くなっている所が、数十年前まで「沼」(湿地帯)だったなんて話があるほど。これ、私のすぐ近所だけでも複数ある話。昭和の終わり頃でさえも、雨が降ると氾濫する河川があって、学校へ行く道が水没し、校庭ではカエルが鳴いていたのは私の実体験。大分改善されたとはいえ、今でも大雨が降った後には、道路の消毒をしている所すらあります。理由はお察しください。

大伴家持が寄進したという「一の鳥居」です。「鳥居は要らぬぞ、鳥居とは水のことぞ、海の水ある それ鳥居ぞ」(下つ巻 第一帖)とされていますが、どうなんでしょうか?

大伴家持

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/大伴家持

大伴馬来田

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/大伴馬来田

大伴吹負

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/大伴吹負

実は、大伴家持こそが麻賀多神社(台方)に天之日月神を祀ったのではないかと思っているのです。

神典研究家で神名には明るかった天明氏でさえ、天之日月神がいかなる神なのか、また、どこに鎮座され祀られている神なのか分からなかったそうですが、私が調べた限り、享保7年(1722年)の『佐倉風土記』の記述が最も古かったです。安政4年(1857年)10月に完成した『利根川図誌』(赤松宗旦氏/著)での麻賀多神社の記述は、その佐倉風土記を参照しているようです。かつて三十八座あったものの、享保7年時点での摂社・末社は五座で、印波國造社、幸靈さきたま神社、馬來田まくた朗女いらつめ神社、猿田彦神社、天日津久神社となっていたようです。まず伊都許利命を祀るのは分かる、猿田彦神社も分かるのですが、ここからが問題です。幸靈神社(幸霊神社)?愛知県に幸霊社という神社があるそうですが、あちらも由来が不明だそうです。島根県松江市には、三穂津姫命を祀るとされる幸魂神社があるそうですが、断定まではちょっと…。馬來田朗女神社(馬来太郎女神社)という名前から察するに木更津市馬来田辺りに由来する神社だと思うんですが、弟の吹負が天武天皇の代に常道頭(常陸国の守)を務めた事から大伴馬来田も馬来田村・望陀郡を治めた可能性を指摘している方もいるようです。この事から大伴家は上総国から常陸国にかけては一定の影響力があったと考えられ、伴氏神社の創祀が平安京遷都時(延暦13年/794年)と後々の時代であって、家持が一の鳥居を寄進した際、馬来田を祀った可能性はあります。吹負の名前さえあれば確実性が増したのですが…

そしてもう一つの手がかりが万葉集にあります。

皇位

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/皇位

「あまのひつく」、「日嗣」(ひつぎ)という神名は、古代では皇位と同義語であり、かつて大本事件に巻き込まれた天明氏にとっては、その名を出すだけでも命がけだったと言えます。官憲への対策だったのか、戦後の「雨の巻 第一帖」までは「日津久」表記でした。(例外は終戦十日前の「夜明けの巻 第九帖」で「天津日嗣皇尊大神」を称した。)実は「あまのひつぎ」で検索すると、以下のようなサイトもヒットするようになるのです。

あまのひつぎ

ttp://jmapps.ne.jp/kokugakuin/det.html?data_id=31655

記紀・宣命・祝詞等に「天津日継」(記)、「宝祚」「天業」(紀)、「天日嗣」(宣命)、「天津日嗣」(祝詞)等多くの用例を見るが、いずれも「あまつひつぎ」と読み、「皇位につく」の意で用いられている。万葉集では、この句は「あまのひつぎ」という形で5首の歌に詠まれている。作者はすべて大伴家持である。

郷社麻賀多神社。

●台方にあり祭神を稚産霊神となす。応神帝の朝印波国造伊都許利命の齋祀せる所なりという延喜式内神社の1つ。(中略)印旛沼畔に一大華表あり延歴2年9月勅使大伴家持卿始めて建立せる所なりと云う。爾来61年毎に建替を定例とする又郡内の一勝地なり。

以下、特に要太字注目。()内は対訳。

以下、万葉百科 奈良県立万葉文化館 様

巻18-4089 獨居幄裏、遥聞霍公鳥喧作歌一首〔并短歌〕

ttps://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detail?cls=db_manyo&pkey=4089

高御座天の日継と天皇の神の命の聞し食す国のまほらに山をしもさはに多みと百鳥の来居て鳴く声春されば聞きのかなしもいづれをか別きてしのはむ卯の花の咲く月立てばめづらしく鳴くほととぎすあやめぐさ玉貫くまでに昼暮らし夜渡し聞けど聞くごとに心つごきてうち嘆きあはれの鳥と言はぬ時なし

(高御座にあって、天日をうけ嗣ぐものとして、天皇たる神の命がお治めになる国、この秀れた国土には山があちこちに多いので、いろいろな鳥がやって来て鳴く。その声は春になると聞いていてかわいいことよ。どの声がいいというのでもないが、中でも卯の花の咲く月になると、愛らしく鳴くほととぎすは、菖蒲草を薬玉に通す五月まで、昼は一日中、夜は一晩中聞いても聞くたびに心が動いて感嘆し、興尽きない鳥だといわない時はない。)

巻18-4094 賀陸奥國出金詔書歌一首〔并短歌〕

ttps://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detailLink?cls=db_manyo&pkey=4094

葦原の瑞穂の国を天降り領らしめしける皇御祖の神の命の御代重ね天の日嗣と領らし来る君の御代御代敷きませる四方の国には山川を広み厚みと奉る御調宝は数へ得ず尽しもかねつ然れどもわが大君の諸人を誘ひ給ひ善き事を始め給ひて黄金かもたしけくあらむと思ほして下悩ますに鶏が鳴く東の国の陸奥の小田なる山に黄金ありと申し給へれ御心を明らめ給ひ天地の神相誘なひ皇御祖の御霊助けて遠き代にかかりし事を朕が御代に顕はしてあれば食国は栄えむものと神ながら思ほしめして物部の八十伴の緒を服従の向けのまにまに老人も女童児も其が願ふ心足ひに撫で給ひ治め給へば此をしもあやに貴み嬉しけくいよよ思ひて大伴の遠つ神祖のその名をば大来目主と負ひ持ちて仕へし官海行かば水浸く屍山行かば草生す屍大君の辺にこそ死なめ顧みはせじと言立てますらをの清きその名を古よ今の現に流さへる祖の子等そ大伴と佐伯の氏は人の祖の立つる言立て人の子は祖の名絶たず大君に奉仕ふものと言ひ継げる言の官そ梓弓手に取り持ちて剣大刀腰に取り佩き朝守り夕の守りに大君の御門の守りわれをおきてまた人はあらじといや立て思ひし増る大君の御言の幸の/ [一は云はく、を]聞けば貴み[一は云はく、貴くしあれば]

(葦がしげるみのり豊かなこの国土を、天から降ってお治めになった皇祖の神の御代を重ねて、天日を継承するものとして支配なさる天皇の御代御代に、統治なさる四方の国には、山や川が広く豊かなので、貢上する宝物は数えきれず尽くすこともできない。しかしながらわが大君は、多くの人々をさそってりっぱな事業をお始めになってから、黄金がたしかにあるだろうかとお考えになり、心を悩ませておいでだった。ところが鶏の鳴く東の方、陸奥の小田という山に黄金があると申しあげると、御心のふさぎをお晴らしになった。「天地の神々も尊いこととお思いなさり、皇祖の御魂も恩恵を施され、遠い昔にあった、こうした事を、またわが御代にもお見せくださったので、わが統治の国は繁栄するにちがいない」と、大君は神の御心にお考えになり、多くの廷臣たちを従え政治に向かわせる一方、老人も、女も子供も、その願いが心のままに満足するように安らかにさせ、治めなさる。そのことを私は、ふしぎに尊く嬉しいことと、ますます考える。大伴という、遠い祖先の名を大来目主として掲げもち、朝廷奉仕を役目として来た氏は「海に征けば水につかる屍、山に戦えば草のはえる屍。大君のかたわらに死のう。わが身をふりむくまい」と言立てをして、勇敢な男の清らかな名を昔から今の現実に伝えて来た末の一族であるよ。大伴・佐伯の両氏は、祖先の立てた言立てによって、子孫が祖先の名を絶やさず大君に奉仕するものと言い伝えて来た、そのことばどおりの役目の氏であるよ。梓の弓を手に握り持ち、剣太刀を腰に帯び「朝の守護・夜の守護に大君の御門の守護をするのには、自分以外に人がいまい」と、ますます心をふるい立たせ、気持は高ぶる。大君のおことばの幸いが〔一ハ云ワク、を〕、聞けば尊いので〔一ハ云ワク、尊く思われるので〕。)

巻18-4098 為幸行芳野離宮之時、儲作歌一首〔并短歌〕

ttps://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detail?cls=db_manyo&pkey=4098&dicCls=d_kanno&dicDataId=18&detaillnkIdx=0

高御座天の日継と天の下知らしめしける皇祖の神の命の恐くも始めたまひて貴くも定めたまへるみ吉野のこの大宮にあり通ひ見したまふらしもののふの八十伴の緒も己が負へる己が名負ふ負ふ大君の任けのまくまくこの川の絶ゆることなくこの山のいや継ぎ継ぎにかくしこそ仕へ奉らめいや遠長に

(高御座にあって、天日を承けつぐものとして天下をお治めになった遠い天子が、畏れ多くも始めなさり貴くもお定めになったみ吉野のこの大宮に、わが大君は通いつづけて風景を御覧になるらしい。多くの廷臣たちも、それぞれがもつ氏の名にたえず背かず、大君の任命に応じつづけ、この川が絶えることのないように、この山が次々と重なるように、このようにお仕え申し上げよう。一層永遠に。)

巻19-4254 向京路上、依興預作侍宴應詔歌一首〔并短歌〕

あきづ島大和の国を天雲に磐船浮かべ艫に舳にま櫂しじ貫きい漕ぎつつ国見しせして天降りまし払ひ言向け千代重ねいや継ぎ継ぎに知らしける天の日継と神ながら我ご大君の天の下治めたまへばもののふの八十伴の緒を撫でたまひ整へたまひ食す国の四方の人をもあぶさはず恵みたまへば古ゆなかりし瑞度まねく申したまひぬ手抱きて事なき御代と天地日月と共に万代に記し継がむそやすみしし我ご大君秋の花しが色々に見したまひ明らめたまひ酒みづき栄ゆる今日のあやに貴さ

(秋津島の大和の国を、天雲に磐船を浮かべ、船尾にも船首にも左右の櫂を一面に通して漕ぎながら国見をなさって地上にお降りになり、邪魔者を掃い従え、千代を重ねて一層次々と平定なさってきた天皇の御位にあって、神のままにわが大君が天下をお治めになると、廷臣の多くの者どもをいつくしみなさり、整備なさり、支配する国土のあらゆる人々をも残さずお恵みになるので、昔からなかった瑞祥が度々奏上されることだ。何もせず手を組んでいても太平な御代として、天地・日月と共に万代の後までも記録しつがれるだろう。八方を支配されるわが大君が、秋の花のさまさまな色どりを、それぞれに御覧になって御心を晴らす、酒宴が賑やかな今日の、ふしぎな貴さよ。)

巻20-4465 喩族歌一首〔并短歌〕

ひさかたの天の門開き高千穂の岳に天降りし皇祖の神の御代よりはじ弓を手握り持たし真鹿児矢を手挟み添へて大久米のますら健男を先に立て靫取り負ほせ山川を岩根さくみて踏み通り国求ぎしつつちはやぶる神を言向けまつろはぬ人をも和し掃き清め仕へ奉りてあきづ島大和の国の橿原の畝傍の宮に宮柱太知り立てて天の下知らしめしける天皇の天の日継と継ぎて来る君の御代御代隠さはぬ明き心を皇辺に極め尽くして仕へ来る祖の官と言立てて授けたまへる子孫のいや継ぎ継ぎに見る人の語り次てて聞く人の鑑にせむをあたらしき清きその名そおぼろかに心思ひて空言も祖の名絶つな大伴の氏と名に負へるますらをの伴

(ひさかたの天の戸を開き、高千穂の嶺に天降った、天皇の祖先神の昔から、わが一族は櫨弓を手に握り持ち、真鹿児矢を脇にかかえて、大久米部の勇敢な男たちを先頭に立て、靱を背に山川の岩を踏み分け踏みくだいて国土を求めつつ、ちはやぶる神を平定し、反抗する人々も従え、邪悪なものを一掃して、お仕え申して来た。また、秋津島の大和の国の橿原の畝傍の宮に、宮殿の柱をりっぱに立てて天下を支配なさった皇祖の、それ以来の御位として引き継いで来た君の御代御代に、隠しへだてなく赤心を、天皇に向けて極め尽してお仕えして来た。そうした祖先代々の役目としてことばにあげて天皇が官をお授けになるわれら子孫は、一層次々と、見る人が語りつぎ聞く人が手本にするはずのものを。惜しむべき清らかなその名であるよ。あさはかに思慮して、かりそめにも祖先の名を絶やすな。大伴を氏の名にもつ大夫たちよ。)

の5首ですが、以下に意味深なのを貼っておきます。

大伴宿禰家持

巻20-4509 波布久受能多要受之努波牟於保吉美乃賣之思野邊尒波之米由布倍之母

ttps://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detail?cls=db_manyo&pkey=4509&dicCls=d_utabito&dicDataId=174&detaillnkIdx=0&lnkDic=true

延ふ葛の絶えず偲はむ大君の見しし野辺には標結ふべしも

(蔓(つる)を伸ばす葛のように絶えずお慕いしよう。大君が御覧になった高円の野辺には標縄(しめなわ)を張っておくべきであるよ)

だから「一の鳥居」を立てたのではないかと…。

いや、正直疑問もありまして、鹿島神宮では無く、香取神宮でも無く、常陸国総社宮でも無く、何故(台方の)麻賀多神社だったのでしょう?家持は宝亀5年(774年)9月4日、左京大夫兼上総守(例の馬来田村を含む)に任ぜられましたが、印旛沼は管轄外のハズです(上記三社にも言える事ですが)。そして「大君」とは、先述の日本建尊であるのか、それともかつてこの地に訪れた歴代の天皇を指しているのか、もしくは関東こそが本来の都だったからでしょうか?(私はそう思っておりますけど)もし仮に日本建尊だとするならば、この地を訪れていた事が社伝として伝えられているので、整合性はあります。

ただ、天日津久神社を祀ったのが家持だったとしたら、何故「摂社」になったのでしょう?ちなみに菊の御紋があるのは、麻賀多十八社で台方だけという事も…。

考察が長くなってしまいましたが、2024年1月1日の麻賀多神社(台方)です。鳥居に菊の御紋が見えるでしょう。参拝者の方々は緊張する様子なんて見られないのに、私一人ビクビクしているとか不審者みたい…。私には霊感は無いって思ってはいるのですが、とにかくプレッシャーがキツイ。神示に囚われているだけかも知れませんが、そのくせブログにしようというのだから全く以ってどうかしてます。

下つ巻 第二十七帖

この方は祓い戸の神とも現れるぞ。
この方祀るのは富士に三と所、海に三と所、江戸にも三と所ぞ、奥山、中山、一の宮ぞ。
富士は、榛名に祀りてくれて御苦労であったが、これは中山ぞ、
一の宮と奥の山にまた祀らねばならんぞ、
海の仕組みも急ぐなれどカイの仕組み早うさせるぞ。
江戸にも三と所、天明(岡本天明)の住んでいるところ奥山ぞ。
あめのひつく(天の日津久)の家、中山ぞ、富士(二二)が一の宮だから気つけておくぞ。
この方祀るのは、真ん中に神の石鎮め、そのあとにひもろぎ、前の右左にひもろぎ、
それが「あ」と「や」と「わ」ぞ、
そのあとに三つ七五三とひもろ木立てさすぞ。
少し離れて四隅にイウエオの言霊石置いてくれよ。
鳥居も注連も要らぬと申してあろうがな、このことぞ。
この方祀るのも、役員の仕事も、この世の仕組みも、
みな七七七七と申して聞かせてあるのに気がまだ付かんのか、
臣民の家に祀るのは神の石だけでよいぞ、
天のひつくの家には、どこでも前に言うようにして祀りてくれよ。
江戸の奥山には八日、秋立つ日に祀りてくれよ、
中山九日、一の宮には十日に祀りてくれよ。
気つけてあるのに神の神示読まぬからわからんのぞ、このこと、よく読めばわかるぞ。
今の様なことでは神の御用つとまらんぞ、正直だけでは神の御用つとまらんぞ。
裏と表とあると申して気つけてあろうがな、
シッカリ神示読んで、スッキリと腹に入れてくれよ、
読む度たびに神が気つけるように声出して読めば、読むだけお蔭あるのぞ。

昭和19年7月31日(1944年 皇紀2604年 甲申)

ところで、[日月神示]夜明けの御用 岡本天明伝(黒川柚月氏/著)の177ページ[注3]に、「天明第一仮約」では「富士(二二)が一の宮だから」になっているという記述があるのです(本文太字)。こちらが正解と思うので、本ブログでもそのように記述しております。

ところが、第二仮訳を底本にしている「日月神示 謄写版第一訳文」(ビオ・マガジン)や、「新版 ひふみ神示」(コスモビジョン)などの書籍を始め、現在オンラインで公開されている神示の多くは「ここが一の宮だから」という記述になっているようです。

しかしこの下つ巻 第二十七帖、「この方祀るのは富士に三と所、海に三と所、江戸にも三と所ぞ、奥山、中山、一の宮ぞ。」と冒頭にあり、天明氏の住んでいる所は台方であれ、至恩郷であれど、奥山なのです。そして「あめのひつく(天の日津久)の家、中山ぞ」(台方と思われる)という事は、「ここが一の宮だから」では意味が通じないという事を指摘されているのです。実際読んでみるとおかしいのですけどね…。だから「富士(二二)が一の宮だから」が正解であるハズ。

ただ「天明第一仮約」の入手は困難なので、外にも違っている点があるかもです。「この神示八通りに読めるのじゃ」(海の巻 第十五帖)という事ですし…。

この後は当然、奥宮も参拝しました。夕方っぽく見えますが、もちろん朝です。もうちょっと明るかったけど、こんな感じに見えていました。ここ、JR成田駅西口から真っすぐというアクセス良さげなのに、なんでこんなに人少ないんだろう?って思っているのですけど。

一万字超えちゃっているので、本日はここまで。ホントは麻賀多神社に伝わる神代文字の話(旧第二十話)とかもあったのですけど、これは別の話に繋げた方が良さそうだったので。大伴家持の話は、大半コピペで済んだけど、参拝部分は多くが書き直し。原稿丸めてポイっていうのもアナログっぽくて良いかなって(前回の更新でも言ってた)。

では、今後もよろしくお願いいたします。