2026年1月11日「水の巻 第十帖」

五大洲 引っ繰り返っておること まだわからぬか。肝心要のことだぞ。
七大洲となるぞ。八大洲となるぞ。
今の臣民にわかるように申すならば御三体の大神様とは、
天之御中主神様、高皇産霊神様、神皇産霊神様、
伊邪那岐神様、伊邪那美神様、撞賢木向津媛の神様でござるぞ。
雨の神とは あめのみくまりの神、くにのみくまりの神、
風の神とは しなどひこの神、しなどひめの神、
岩の神とは いわなかひめの神、いわとわけの神、
荒れの神とは 大雷のをの神、わきいかづちおの神、
地震の神とは 武甕槌の神、経津主の神、
神様の御事でござるぞ。
木の神とは 木花開耶姫の神、
金の神とは 金かつかねの神、火の神とはわかひめきみの神、
ひのでの神とは 彦火々出見の神、
竜宮の乙姫殿とは 玉依姫の神様の御事でござるぞ。
この方のこと、いずれわかって来るぞ。今はまだ知らせてならんことぞ。
知らせる時節近づいたぞ。

昭和20年6月11日(1945年 皇紀2605年 乙酉)

岡本天明伝[日月神示]夜明けの御用(黒川柚月氏・著)65ページに「聖師は「古事記を研究して神武以前の歴史を検討していかないと、二度目の天の岩戸開きという意味は解らない」といわれた」という記述があります。この聖師というのは、天明氏がかつて所属していた「大本」の二大教祖の一人、出口王仁三郎氏の事です。ところが、今回の主役、経津主神ふつぬしのかみは、日本書紀では登場しているのですが、古事記には登場していないのです。

大本

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/大本

出口なお

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/出口なお

出口王仁三郎

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/出口王仁三郎

古事記

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/古事記

日本書紀

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/日本書紀

事大主義

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/事大主義

小中華思想

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/小中華思想

誰に都合が良かったっていうのは、「藤原不比等・・・・・にとって・・・・」なのです。「中臣氏」では無く。

…。

…まさかね。

しかしさっぱり人気ひとけが無かったのですが。

そんなはずもなく。アイキャッチの写真なんて奇跡的に人がいなかっただけで。

参道が広いです。これが神宮か。高校の時、明治神宮に行った事があるとはいえ、人大杉でそれを実感するどころではなく。

今井健彦

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/今井健彦

今井信郎

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/今井信郎

今井信郎は、近江屋事件の件で嫌疑をかけられ、坂本龍馬暗殺の際には見張り役だったとして、禁固刑二ヶ年の判決を受けた後、釈放されております。氏の三男が今井健彦であり、衆議院議員(立憲政友会)、文部政務次官、商工政務次官、農林参与官、ジャーナリスト、東京毎日新聞社社長を務めたそうです。

奥に進みます。

ここだけでも普通の神社の広さあるわ。

護国神社

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/護国神社

こちらは香取神宮内にあるから良いとしても、戦没者を直接知る遺族や戦友たちの高齢化、引き継ぐ管理者がいなくなると存続が厳しいか…。あ、この左側奥にある「要石」行くの忘れた。道戻っちゃったのです。

やっと…と思ったらまだ先なのです。

正面は手水舎、拝殿は右へ。

あの…。

…。

ちょ…こんなシーン何時かも見た気がするぞ…デジャヴ?

香取神宮

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/香取神宮

主祭神は経津主大神

経津主神

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/経津主神

神宮の祭祀氏族は、古くは香取連(かとりのむらじ、香取氏)の一族とされますが、系図によれば、大中臣氏から大中臣清暢が香取連五百島の養子に入る事で香取大宮司を、清暢の子の秋雄が香取大禰宜を担う事となります。その後の平安時代末期までは中央の藤原氏に管掌されていたところ、鹿島神宮大宮司の中臣氏一族から、香取神宮大宮司への任命があって以降は、香取大中臣氏と鹿島中臣氏とが香取の大宮司職を巡って対立を見せ、大中臣氏一族の内部で大宮司・大禰宜職や社領を巡っての抗争が展開、近世の江戸幕府の統制下に入っても、抗争は繰り返されていたことが散見されています。…えっと、藤原氏についてはいずれ書くことになりますけど…。

最初は分かりづらかったのですが、左側が市神社で、祭神は事代主神、天降神社が合祀されているようで、祭神は伊伎志爾保神、鑰守神です。右側が馬場殿神社で、祭神は建速須佐之男命です。

飯篠家直

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/飯篠家直

お墓のたたずまいが素晴らしいです。風情があるというか。飯篠家直は18代当主千葉胤宣に仕えていたそうです。

ただ、ここだけは全く空気感が違ったような気がしました。

経津主神の荒御魂を祀る奥宮です。社殿は昭和48年(1973年)の伊勢神宮遷宮の際の古材を使用しているそうです。この竹林と杉が織りなす風景と古材を使った社殿の雰囲気と言ったら…。

よく考えたら、この二本、やけに近いような…。

Wiki見ると境内社、境外社、随分ありますね、だいぶ見落としてる…。

側高神社までは4㎞前後ありますし…。

しかし痣だけは残った…(執筆時点では消えました)。

…ところで

2026年1月11日「日の出の巻 第二帖」

九歳は神界の紀の年ぞ、神始めの年と申せよ。
一二三、三四五、五六七ぞ、五の歳は子の歳だぞよ。
取り違いしないようにせよ。
月日の巻 十人と十人の役員に見せてやってくれよ。
時節到来したのであるぞ。桜咲き神の御国は明けそめにけり。

昭和19年12月2日(1944年 皇紀2604年 甲申)

祭りの巻 第八帖

旧九月八日で一切りじゃ、これで一の御用は済みたぞ、八分通りは落第じゃぞ、
次の御用 改めて致さすから、今度は落第せんよう心得なされよ。
何もかも神は見通しだぞ、神の仕組み 人民で遅れんよう 気つけて結構致し下されよ、
二の仕組み、御用は集団作りてよいぞ。大奥山はそのままにしておかなならんぞ、
天明(岡本天明)まだまだ神示の御用結構ぞ、アホ結構ぞ、リコウ出ると壊れるぞ。
天明ばかりでないぞ、皆同様ぞ。皆リコウになったものじゃナア、クドウ神にもの申さすでないぞ。

昭和21年8月15日(1946年 皇紀2606年 丙戌)

昭和19年に日月神示が降りて、昭和21年で一の御用は済んだというのは明らかに時間が足りないように思います。太平洋戦争は1941年(昭和16年)から1945年(昭和20年)まで行われた戦争であり、一の御用とは、それまでの驕った日本を敗戦させる仕組みと見るならば、それは「富士(二二)の仕組み」に従って、開始時期は昭和19年より前から出ないとおかしいというわけです。

岩の巻 第四帖

元は十と四十七と四十八と合わせて百と五ぞ、九十五柱だぞ。

昭和21年2月16日(1946年 皇紀2606年 丙戌)

私は、「岩の巻 第四帖」を日月神示の仕組みの全期間を指していると考えているのですが、「元は十」とは「三柱」と「七柱」、つまり神様の事だと思っているのです。

上つ巻 第二十七帖

何もかも世の元から仕組みてあるから神の申すところへ行けよ。
元の仕組みは富士(二二)ぞ、次の仕組みはウシトラ三十里四里、
次の仕組みの山に行って開いてくれよ、
今はわかるまいが、やがて結構なことになるのだから、行きて神祀りて開いてくれよ、
細かく知らせてやりたいなれど、それでは臣民の手柄なくなるから、
臣民は子だから、子に手柄させて親から御礼申すぞ。
行けば何もかも善くなるように、昔からの仕組みしてあるから、
何事も物差しで測ったように行くぞ。天地が唸るぞ、上下引っ繰り返るぞ。
悪の仕組みに皆の臣民騙されているが、もう直ぐ目覚めるぞ、目覚めたら訪ねてござれ、
この神のもとへ来て聞けば、何でもわかるように神示で知らせておくぞ。
秋立ったら淋しくなるぞ、淋しくなったら訪ねてござれ、
我を張っていると、いつまでも分からずに苦しむばかりぞ。
この神示も身魂によりどんなにでも、
取れるように書いておくから、取り違いせんようにしてくれ、
三柱と七柱そろったら山に行けよ。

昭和19年7月1日(1944年 皇紀2604年 甲申)

では、「四十七と四十八」とは何を示しているのでしょう?

荒れの巻 第一帖

言答開き成り成るぞ。誠言答は永遠ぞ。瞳ぞ。御位継ぐ理の始めぞ。

字絶対の世 始め出づぞ。二一開き、結ぶ玉に祝うぞ。
読む開き、字出づ理に成り、結ぶ玉に弥栄開く大和心の道ぞ。
道開く理の極みぞ。本能秀(生命)月日の極み成る読む言の極み。
弥栄に真問い極む世。那美(名美)那岐(名基)の理の玉継ぐ意味開くなり。
字の絶対継ぐ意味 弥勒弥勒となるぞ。根っこ理ぞ。誠だぞ。弥栄弥栄。
玉秘出づ理ぞ。玉基理ぞ。通基秘理、極み成る識道、本能秀(生命)だぞ。不見の実主だぞ。

慈の理、字の絶対出づ(大スサナルの能ぞ)。
南無(名務)荷い開く弥勒。日継ぎの意味荷う数と字の絶対光の道。
字の絶対開き、那美(名美)開くぞ。字の極意の極みは読字(黄泉路)ぞ。
富士(普字)に花咲く時だぞ。開く結びの命、字開きに字、開き、実るぞ。
山にも地にも万劫光の花開くの理ぞ。光の経綸 四八音となるぞ。意露波理ぞ。

人、仏の極みは、命の光普き、智普く基の天の言玉の理、
理の極みの光の答の山路(大空間)百霊継ぐ文字の道。生(基)の極みたり。

面白に秘解く成答、文道とどめたり。数の始めの絶対の理だぞ。
字、絶対の理。誠母の秘文。霊気世に満ち漲り、国々晴れ渡るぞ。
日継ぎ(日通基)開く文字、綱母成る極みなり。言の絶対の答え、人の意の極みなる意味ぞ。
読みこれぞ。

答えの名基荷負う始め、伊勢世の始め、普字成答の経綸動ぞ。
字に成り成りませる光の玉には、何事も弥栄弥栄だぞ。

この神示軸(時空)読み、御しるしの四八音だぞ。諏訪 麻賀多 榛名 甲斐 玉和す理だぞ。

字の言座、名(言波)の極みぞ。意志の極み成るぞ。道は道理であるぞ。
字開き、務に結び、咲く花の結び秘文ぞ。普字軸の理ぞ。宮柱太しき立つぞ。
祝詞の心、始め開き字に現れるぞ。真心響く誠ぞ。言だぞ。細工隆々 読みの極み立つ世ぞ。

数の極み命ぞ。数の極み大素佐成(大数叉名立) 五十の極み継ぐ印し給いて、
幹(実基)字、完し、完し、山(屋間)の文読み、皆喜び、
荷なう理の宮継ぐ普字軸の世。喜び言、全土に響く理ぞ。
八雲出雲は聞理じゃ、これは、基の大素佐成(大数叉名立)大神、
世に光り輝く理ぞ。理は世の元に立つ道ぞ。理、遠きには無し、心せよ。

誠の道は、神の理だぞ。読み始めの世ぞ。皆神の子ぞと申してあるぞ。

名基の世、しかと開き、生の基の誘基の命現れき。太始めの御玉組み組みて神継ぐ極みと成り、
始まる道ぞ理の極み。字句字句、真問い成り成り鳴り、読み(黄泉)の岩戸(言戸)開くなり。

はじめの光、今 輝きて、答神(真理)覚め覚め捧ぐもの、
百取りしろ(綱母十理詞露)に充ち満ちて、弥栄御座湧きに湧き、天晴れ継ぐ神の答えは字に有り。

見よ、御子たち、大き道座し座す言座。
吾疑問い秘文字奥義、敬い、喜び、申すらくを、天の普智独楽の実実普理聞こし食すらん千萬の御代。
光神、太秘加理ぞ。理(真理)の御山(大空間)の良きを寿ぐ。
五十鈴の川の良きを寿ぐ、動くことなく、止まることなく永遠世に弥栄弥栄喜びの、今開く字の理成りて、
光の花の、一時にどっと咲くところ、玉の御代とて神代より生きし生き神引き合うぞ。

誠の能、物言う時来し答の道、みそぐの太神覚りて、サン太神様知る誠、尊き御代と成りますのぞ。
仕事は、めんめの働きに現れるぞよ、実空字 大き理智在せることの印しなり。

終わりに、言言神国の、誠の完神(鏡)のとどろきも、皆御文字世の始めかし、今、始まる世(詞)の基。
雨の神、風の神、岩の神、荒れの神、地震の神、
世の基にして、理実りの常盤の普字の実り良くも、命出度命出度(めでためでた)だぞ。

弥栄鳴戸(成答)は、光の御座の問いに開くぞ。
八百の道(理)の寄る 把立名(榛名) 吾基(安芸)、時節来て、誠ものいう神の世の、
夜明けの神々覚れよと、神漏務(可務露務)、神漏岐(可務露基)、神漏美(可務露実)の命もち、
八百萬の神々 神集いに集い給い、神計りに計り給い、言問いし草のかきはも言止め、
天の岩戸(言答)開け放ち、天の弥栄弥栄に智分きに智別き、
大実光の尊き御代ぞ、神在す天下 四方の国々治ろし食す、
寿命大神(大実親)の智の理
綱母(現実親)の空字(国)ことごとく定まりし、弥勒の世と成りうるなり。

成るは、誠の開きの秘の山の神基開く真の神にかかり給いしぞ。

空字御霊 大皇命神の秘の、仰ぐさまの良き時ぞ。理実る世、数の極み、真理ぞ。

普字の山(不二の大空間) 晴れたり。
光(秘加理)輝きて 御空に太まに百草のかき葉も競いかも、
寄り集う誠一つの神の世ぞ、読み(黄泉)字ぞ。くくりし読みは惟完読。
軸字 軸字と木霊と木霊、字開き、数開き成る言、綱母(現実親)に有り。
鳴戸(成答)理開きに開き、貴人の御代成り成るぞ。
弥栄つぎに通基つきて、御代印しの基継ぐ成るぞ。
艮めに普字の神産み給いき、普字素佐成(数叉名立)の神現れ 生き生き給いき。

ここに誘名基の神 神々達に理給いて、喜び光賜いき。
陽の神は秘の国、通基の神は実通の国、素佐成(数叉名立)神は名波裸治らせと給いき。
それは、その時より理決まれることにぞあれば、何も彼も真問い理に来いとぞ。
あなないの道だぞ。弥栄の理だぞ、あなさやけ、あな清々し世ぞ。

生まれし道だぞ。都も鄙も皆 大実光に寄り集う 誠一つの理なるぞ。
秘文の国ぞ、言玉の弥栄光る国なるぞ。理の言、普字に印しあり。理(真理)の普字、早う開くぞ。
誠の空字の御光の世界の読み(黄泉)喜びに泣く時来た印し文肚に読み(黄泉)理艮め成る。
問い問い文も解くなる始め、天の始めの御光なり。

読み(黄泉)路の玉糸(意答) 秘名の光立つ。

草もの言う世となりぬなり。御玉救う道、神の理開き基ぞ。
月日出ず開きに秘文開き、字の命開く極み、名美秘文三ぞ。秘文ぞ。神々様 御喜びだぞ。

今は、神解り 解りし字に言玉息吹き鳴り、息吹きのまま理満ち、
元の大神ニコニコと捧ぐるもの食し給い、喜び五十(意図)の弥栄弥栄成れる、良き嘉き御代来るぞ。

目で開く大神、世のあなないの友、天晴れ詞数食う能き、誠の御代ぞ。
宇宙波(場)知る場加、月日御稜威の花ぞ。覚れ覚れと言、言、軸。百霊の世、玉秘尊き。

神の実言(命) 開く身々、早う掃除一番ぞ。掃除智座、秘継ぐ数字大神(加実)。

絶対開く元神は、独楽の理、四十七音(ひふみ)、四十八音(意露波)、目にもの見せて神国の、
誠の善(智)は悪魔まで、皆新め生くの始終光ぞ。惟完だぞ。

字注ぐ光り裏(心)山(大空間)荷負う、母(親)の誠に覚め、字開く命ぞ。

普字に花咲く御代、嬉し嬉し、早う光の文路知らせたり。急ぐ心ぞ。
読み字(黄泉路)弥栄に光り文成るぞ。

文命の言の御代の、月の光なり。玉五十(意図)始めの光り知りて、尊き御代とぞなりうる、
誠の神の神示なるぞ。心締めて読む時ぞ。真言の神と飛来の神と 皆和す時成るぞ。
あら楽し、あなさやけ、普字(富士)は晴れたり 言答(岩戸)開けたり。

あなさやけ、おけ、後の世に書きしるすぞ。ひつぎの神書き印すぞ。

昭和21年1月19日(1946年 皇紀2606年 丙戌)

黄金の巻 第二十帖

動かんふじの仕組みのなるとの仕組み。ことたま、かずたま、ひふみ、いろたま、いろは。

昭和24年11月27日(1949年 皇紀2609年 己丑)

水の巻 第二帖

ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか、
うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ。
一二三祝詞であるぞ。
たかあまはらに、かむつまります、かむろぎ、かむろみのみこともちて、
すめみおや かむいざなぎのみこと、つくしのひむかのたちばなのおどのあはぎはらに、
みそぎはらひたまふときに、なりませる、
はらえとのおほかみたち、もろもろのまがことつみけがれを、
はらえたまへ きよめたまへと まおすことのよしを、
あまつかみ、くにつかみ、やほよろづのかみたちともに、
あめのふちこまの、みみふりたてて きこしめせと、かしこみかしこみもまおす。
あめのひつくのかみ、まもりたまへ さちはへたまへ、
あめのひつくのかみ、やさかましませ、いやさかましませ、
一二三四五六七八九十。

昭和20年4月21日(1945年 皇紀2605年 乙酉)

いろは順

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/いろは順

元号西暦干支※1※2
大正10年1921年辛酉
大正11年1922年壬戌〇/十
大正12年1923年癸亥一/九
大正13年1924年甲子二/八
大正14年1925年乙丑三/七
大正15年
昭和元年
1926年丙寅四/六
昭和2年1927年丁卯五/五
昭和3年1928年戊辰六/四
昭和4年1929年己巳七/三
昭和5年1930年庚午八/二
昭和6年1931年辛未九/一
昭和7年1932年壬申十/〇
昭和8年1933年癸酉
昭和9年1934年甲戌〇/十
昭和10年1935年乙亥一/九
昭和11年1936年丙子当歳二/八
昭和12年1937年丁丑二歳三/七
昭和13年1938年戊寅三歳四/六
昭和14年1939年己卯四歳五/五
昭和15年1940年庚辰五歳六/四
昭和16年1941年辛巳六歳七/三
昭和17年1942年壬午七歳八/二
昭和18年1943年癸未八歳九/一
昭和19年1944年甲申九歳十/〇
昭和20年1945年乙酉十歳
昭和21年1946年丙戌ひ/け〇/十
昭和22年1947年丁亥ふ/れ一/九
昭和23年1948年戊子み/ほ二/八
昭和24年1949年己丑よ/ゑ三/七
昭和25年1950年庚寅い/せ四/六
昭和26年1951年辛卯む/あ五/五
昭和27年1952年壬辰な/す六/四
昭和28年1953年癸巳や/ま七/三
昭和29年1954年甲午こ/の八/二
昭和30年1955年乙未と/て九/一
昭和31年1956年丙申も/へ十/〇
昭和32年1957年丁酉ち/り
昭和33年1958年戊戌ろ/さ〇/十
昭和34年1959年己亥ら/に一/九
昭和35年1960年庚子ね/え二/八
昭和36年1961年辛丑し/お三/七
昭和37年1962年壬寅き/う四/六
昭和38年1963年癸卯る/か五/五
昭和39年1964年甲辰ゆ/め六/四
昭和40年1965年乙巳ゐ/く七/三
昭和41年1966年丙午つ/は八/二
昭和42年1967年丁未わ/た九/一
昭和43年1968年戊申ぬ/を十/〇
昭和44年1969年己酉そ/そ
昭和45年1970年庚戌を/ぬ〇/十
昭和46年1971年辛亥た/わ一/九
昭和47年1972年壬子は/つ二/八
昭和48年1973年癸丑く/ゐ三/七
昭和49年1974年甲寅め/ゆ四/六
昭和50年1975年乙卯か/る五/五
昭和51年1976年丙辰う/き六/四
昭和52年1977年丁巳お/し七/三
昭和53年1978年戊午え/ね八/二
昭和54年1979年己未に/ら九/一
昭和55年1980年庚申さ/ろ十/〇
昭和56年1981年辛酉り/ち
昭和57年1982年壬戌へ/も〇/十
昭和58年1983年癸亥て/と一/九
昭和59年1984年甲子の/こ二/八
昭和60年1985年乙丑ま/や三/七
昭和61年1986年丙寅す/な四/六
昭和62年1987年丁卯あ/む五/五
昭和63年1988年戊辰せ/い六/四
昭和64年
平成元年
1989年己巳ゑ/よ七/三
平成2年1990年庚午ほ/み八/二
平成3年1991年辛未れ/ふ九/一
平成4年1992年壬申け/ひ十/〇
平成5年1993年癸酉い/ん
平成6年1994年甲戌ろ/す〇/十
平成7年1995年乙亥は/せ一/九
平成8年1996年丙子に/も二/八
平成9年1997年丁丑ほ/ひ三/七
平成10年1998年戊寅へ/ゑ四/六
平成11年1999年己卯と/し五/五
平成12年2000年庚辰ち/み六/四
平成13年2001年辛巳り/め七/三
平成14年2002年壬午ぬ/ゆ八/二
平成15年2003年癸未る/き九/一
平成16年2004年甲申を/さ十/〇
平成17年2005年乙酉わ/あ
平成18年2006年丙戌か/て〇/十
平成19年2007年丁亥よ/え一/九
平成20年2008年戊子た/こ二/八
平成21年2009年己丑れ/ふ三/七
平成22年2010年庚寅そ/け四/六
平成23年2011年辛卯つ/ま五/五
平成24年2012年壬辰ね/や六/四
平成25年2013年癸巳な/く七/三
平成26年2014年甲午ら/お八/二
平成27年2015年乙未む/の九/一
平成28年2016年丙申う/ゐ十/〇
平成29年2017年丁酉ゐ/う
平成30年2018年戊戌の/む〇/十
平成31年
令和元年
2019年己亥お/ら一/九
令和2年2020年庚子く/な二/八
令和3年2021年辛丑や/ね三/七
令和4年2022年壬寅ま/つ四/六
令和5年2023年癸卯け/そ五/五
令和6年2024年甲辰ふ/れ六/四
2025年乙巳こ/た七/三
2026年丙午え/よ八/二
2027年丁未て/か九/一
2028年戊申あ/わ十/〇
2029年己酉さ/を
2030年庚戌き/る〇/十
2031年辛亥ゆ/ぬ一/九
2032年壬子め/り二/八
2033年癸丑み/ち三/七
2034年甲寅し/と四/六
2035年乙卯ゑ/へ五/五
2036年丙辰ひ/ほ六/四
2037年丁巳も/に七/三
2038年戊午せ/は八/二
2039年己未す/ろ九/一
2040年庚申ん/い十/〇
2041年辛酉
2042年壬戌
2043年癸亥
2044年甲子
※1 :元は十と四十七と四十八
※2 :富士(二二)の仕組み

余談ですが

論理回路

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/論理回路

論理回路は「AND、OR、NOT、XOR、NOR、NAND」という組み合わせ回路が存在しますが、基本的にはAND(論理積)、OR(論理和)、NOT(論理否定)の3つだけですべての論理回路を構成する事が出来ます。従って、素粒子の16種類というのは余りにも多過ぎるのです。そこから導き出される結論として、私たちの見ている世界にはそれ以前があるのだと思っております。

もし仮にビッグバンがあったとしたって…どうやって起こったのか?

2026年1月11日「日月の巻 第十七帖」

ここに天津神、もろもろの命用て、伊邪那岐の命、伊邪那美の命に、
これの漂える国、創り堅め成せと、詔りごちて、天の沼矛を給いて、言依さし給いき。

神の国にも善と悪とあると申してあろうがな。
この神示見せてよい人と悪い人あるのだぞ。神示見せてくれるなよ。
まことの神の臣民とわかったら この神示写してやってくれよ。神示は出ませんと申せよ。
時節見るのだぞ。
型してくれたのだから もう一の仕組みよいぞ。
この神示 表に出すでないぞ。天明(岡本天明)は蔭の御用と申してあろうが。
神示仕舞っておいてくれよ、一二三として聞かせてやってくれよ。
この方の仕組み 日に日に変わるのだから、臣民わからなくなると申してあろうが。
日に日に烈しく変わって来るのだぞ。神の子には神示伝えてくれよ。神急けるぞ。
渦海の御用結構。

昭和19年11月4日(1944年 皇紀2604年 甲申)

YouTubeも相手先にリンクさせてもらう以上、こちらもフォローせざるを得なくなってしまうので、アップしないようにしました。

私から見たら、2025年の大勢は6月30日(旧暦6月6日)迄に「決着してしまった」かのように見えます。だってその後の選挙で、自民党が負けようが高市が総理に選ばれている時点で体制自体に変化が無い事です。まぁ、公明党の政権離脱という点はあるにせよ、どのみち今の経済界に支配されている政府に未来などありません。私たちは経済界の財布では無い。財布にされるような法律を作る政府が支持されるわけが無い。

自民党が敗北した理由で最も説得力があるのは「米」の価格です。3年前の倍以上の価格で誰が政府を支持するのか?ところで、田植えの頃からマスコミは散々、ひび割れた水田を見せて米不足を煽っていたものの、実際はどうだったのか?

『令和のコメ騒動』(8)令和7年産748万トンによりコメ価格は低下するのか

ttps://www.mri.co.jp/knowledge/column/20251107.html

水資源機構の管理するダムの状況(利水容量に対する貯水率)(令和7年8月1日掲載)

ttps://www.water.go.jp/honsya/honsya/suigen/junpo/past/2025/junpo20250801.html

確かに空梅雨だったかもしれないけど、少なくとも関東圏では断水するような状況では無かったし、前回の断水なんて何時だったっけ?

イラン・イスラエル戦争

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/イラン・イスラエル戦争

イラン ハメネイ師が演説 イスラエルとアメリカに勝利と主張

ttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20250626/k10014845451000.html

確かに「イランは、イスラエルとアメリカによる侵略に対し勝利した」と言えます。アメリカはカタールにある米軍基地に対する攻撃に対して報復を行っていないのは、最早それが「出来なかったから」だと考えております。その詳細について以前投稿した時には、他所のブログの翻訳記事をリンクしていたのですが、今回は自分の言葉で書く事にします。

①イスラエルは、自国が空爆される事態に耐えられなかった

イスラエル、イランのミサイルで約4250億円の経済被害-政府が試算

ttps://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2025-06-26/SYGKT1T0AFB400

②イランによるホルムズ海峡封鎖予告

加藤財務相、カードとしてあると思う-関税交渉で日本保有の米国債

ttps://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-05-01/SVLRM7T1UM0W00

③アメリカは在カタールのアル・ウデイド基地爆撃の報復攻撃をしなかった

6月のイランのカタールミサイル攻撃、米軍基地の通信施設に命中…米も認める

ttps://www.yomiuri.co.jp/world/20250712-OYT1T50110/

④6月23日、プーチン大統領とイランのアラグチ外相がクレムリンで会談

⑤西側社会の壊し方

現在、米アマゾンで何か買い物しようとすると、ブックマークしていたアイテムが「Currently unavailable」だらけ。この状態は今の日本から突如「100均」が無くなる事を想像していただけたらと思います。これは長い目で見るならば、製造業の国内回帰に繋がるのかもしれませんが、それは「世界で唯一、日本ならばそれで良い」が、特にアメリカやEUは競争力を急激に落として没落するでしょう、否、もうそこまで持たないか。

デマの煽動だのプロパガンダだのって、昨日今日始まったわけではないですけど、

って思った事が多かったのも去年。先ほども書いたのですが、2025年の大勢は6月30日(旧暦6月6日)迄に「決着してしまった」と思っております。まして国家レベルの大災害なんて、「七八九」の時代の役割では無いって本気で思っています。もちろん、日本の地に住んでいる限り、何時かは大災害に見舞われる事もあるかもしれません。ただしそれは「九十」の時代になった後での話。地域レベルで能登の地震のような事はあっても、噂されている南海トラフのような規模の災害は、十年近く後の話だと思っています、タイムラインとして。

2026年1月6日「秋の巻 第二十三帖」

神が主であり人民が従であると申してあろう。これを逆にしたから世が乱れているのぞ。
結果あって原因あるのでないぞ。
今の人民、結構すぎて天地の御恩と申すこと忘れているぞ。
いよいよとなって泣き面せねばならんことわかっているから、くどう気つけているのじゃ。
マコトのことはトリの年。

昭和27年4月11日(1952年 皇紀2612年 壬辰)

現在2026年1月4日の朝なんですけど、家の前の通り、私の家のトコだけ雪溶けてる。ノータッチなのに。あ~あ、今晩から仕事かぁ…。ずっと記事書き直してたから近所の神社にお参りに行っただけですけど、休み終わったらさすがに毎日書き直せなくなるから書いとかないと。

私はこの文章を書いている今、「マコトのことはトリの年」という言葉の意味を知っておりますが、唐突に神示を受けた岡本天明氏(と周囲の人たち)の立場だったらどうでしょう?この神示の主なメッセージは、本来「マコトのことはトリの年」よりも前の部分であるはずです。私が「マコトのことはトリの年」について書いているのは、日月神示全文を読んだうえで、「マコト」とそれに関連する神示を拾い上げられたからというだけであり、天明氏は後々降りてくる神示の内容を知らない…。決定的なのは

紫金之巻 第三帖

伊豆幣帛を 都幣帛に結び 岩戸ひらきてし。

ウヨウヨしている霊かかりに まだ、だまされてござる人民多いのう、
何と申したらわかるのであるか、奇跡を求めたり、我よしのおかげを求めたり、
下級な動物のイレモノとなっているから、囚われているから、だまされるのじゃ、
霊媒の行いをよく見れば すぐわかるでないか。早う目覚めよ。
因縁とは申しながら、可哀想だからくどう申して聞かせているのであるぞ、
マコトの道にかえれよ、マコトとは 〇一二三四五六七八九十と申してあろう、
その裏は十九八七六五四三二一〇で、合わせて二十二であるぞ、
二二が真理と知らせてあろう、二二が富士(不二・普字)と申してあろう
が、
まだわからんか。

昭和36年記述日不明(1961年 皇紀2621年 辛丑)

実は『酉年』の酉という漢字は『鳥』という意味ではありません。【鈴木杏樹のいってらっしゃい】

ttps://news.1242.com/article/109993

日の出の巻 第二帖

九歳は神界の紀の年ぞ、神始めの年と申せよ。
一二三ひふみ三四五みよいづ五六七みろくぞ、五の歳は子の歳だぞよ。
取り違いしないようにせよ。
月日の巻 十人と十人の役員に見せてやってくれよ。時節到来したのであるぞ。
桜咲き神の御国は明けそめにけり。

昭和19年12月2日(1944年 皇紀2604年 甲申)

祭りの巻 第八帖

旧九月八日で一切りじゃ、これで一の御用は済みたぞ、八分通りは落第じゃぞ、
次の御用 改めて致さすから、今度は落第せんよう心得なされよ。
何もかも神は見通しだぞ、神の仕組み 人民で遅れんよう 気つけて結構致し下されよ、
二の仕組み、御用は集団作りてよいぞ。大奥山はそのままにしておかなならんぞ、
天明(岡本天明)まだまだ神示の御用結構ぞ、アホ結構ぞ、リコウ出ると壊れるぞ。
天明ばかりでないぞ、皆同様ぞ。皆リコウになったものじゃナア、クドウ神にもの申さすでないぞ。

昭和21年8月15日(1946年 皇紀2606年 丙戌)

碧玉之巻 第七帖

始めの日は始めの日に過ぎん、
始めの前にあるものが分からねば、それはただの理屈に過ぎんぞ、
マコトでないぞ、根から出たものではない、枝葉に過ぎん、
男から女は生まれんぞ、奇数から偶数は生まれんと申してあろうが、
一つのものの表が男であるぞ、裏が女であるぞ、
男から女をつくったと申すのは ある時期における教えじゃ、
岩戸がひらけたのであるから教えではならん、
道でなくてはならんと申してあるぞ、
道は永遠じゃ、◯から出て◯に至るのじゃ。

昭和36年5月6日(1961年 皇紀2621年 辛丑)

元号西暦干支富士元号西暦干支富士元号西暦干支富士
大正10年1921年辛酉昭和20年1945年乙酉昭和44年1969年己酉
大正11年1922年壬戌〇/十昭和21年1946年丙戌〇/十昭和45年1970年庚戌〇/十
大正12年1923年癸亥一/九昭和22年1947年丁亥一/九昭和46年1971年辛亥一/九
大正13年1924年甲子二/八昭和23年1948年戊子二/八昭和47年1972年壬子二/八
大正14年1925年乙丑三/七昭和24年1949年己丑三/七昭和48年1973年癸丑三/七
大正15年
昭和元年
1926年丙寅四/六昭和25年1950年庚寅四/六昭和49年1974年甲寅四/六
昭和2年1927年丁卯五/五昭和26年1951年辛卯五/五昭和50年1975年乙卯五/五
昭和3年1928年戊辰六/四昭和27年1952年壬辰六/四昭和51年1976年丙辰六/四
昭和4年1929年己巳七/三昭和28年1953年癸巳七/三昭和52年1977年丁巳七/三
昭和5年1930年庚午八/二昭和29年1954年甲午八/二昭和53年1978年戊午八/二
昭和6年1931年辛未九/一昭和30年1955年乙未九/一昭和54年1979年己未九/一
昭和7年1932年壬申十/〇昭和31年1956年丙申十/〇昭和55年1980年庚申十/〇
昭和8年1933年癸酉昭和32年1957年丁酉
昭和9年1934年甲戌〇/十昭和33年1958年戊戌〇/十
昭和10年1935年乙亥一/九昭和34年1959年己亥一/九
昭和11年1936年丙子二/八昭和35年1960年庚子二/八
昭和12年1937年丁丑三/七昭和36年1961年辛丑三/七
昭和13年1938年戊寅四/六昭和37年1962年壬寅四/六
昭和14年1939年己卯五/五昭和38年1963年癸卯五/五
昭和15年1940年庚辰六/四昭和39年1964年甲辰六/四
昭和16年1941年辛巳七/三昭和40年1965年乙巳七/三
昭和17年1942年壬午八/二昭和41年1966年丙午八/二
昭和18年1943年癸未九/一昭和42年1967年丁未九/一
昭和19年1944年甲申十/〇昭和43年1968年戊申十/〇

星座之巻 第十五帖

十二人が一人欠けて十一人となるぞ、その守護神を加えて二十二柱、二十二が富士じゃ、
真理じゃ、また三であるぞ、
今までは四本指八本指で物事を計って誤りなかったのであるが、
岩戸が明けたから親指が現れて五本十本となったのじゃ、このことよくわきまえよ。

昭和36年5月10日(1961年 皇紀2621年 辛丑)

星座之巻 第十五帖に補足があります。裏が守護神側で、表が現象世界の変化です。霊的世界と対になっているという意味だと思います。

干支

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/干支

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/殷

干支へのリンクは意図的に60周期を説明している干支のページにしています。この60周期を六十干支ろくじっかんし十干十二支じっかんじゅうにしと言います。干支の起源は、古代中国において実在が証明されている最も古い王国とされる「」(紀元前16世紀頃 – 紀元前1046年)です。

2026年1月5日「秋の巻 第八帖」

何事も喜びからぞ。
結果からまた喜び生まれるぞ。
この道理わかれば何事もありやか。

昭和27年4月11日(1952年 皇紀2612年 壬辰)

今月から第二期も始まる「葬送のフリーレン」。更新停止中に書いてたレビュー、アップするか…なんて思っていたのですが、このブログのネーミングの由来となっている「それでも町は廻っている」を紹介していなかった事実に気が付く…。旧旧「第零話」、旧「第零話」でも書いた事なのに…。という事で急遽、記事にしようと思います。が、やけに寒い…てか、窓の外、白い…雪降ってたのかよ…。(現在1月3日深夜)

日常系って言って間違いないのだろうけど、本作品は他と大きく異なるのが、作中の舞台が醸し出す雰囲気です。「それでも町は廻っている」(以下、それ町)の舞台になっている丸子商店街のモデルは、大田区の下丸子です。ちょっと離れているけど勝海舟のお墓参りもしたいので、そのうち聖地巡礼に行く予定です。作品中には八百屋さんや魚屋さんがスーパーでは無く、独立した店舗として描かれております。

小学校の頃、近くにチェーン店型のスーパー(今日のサイズ感で言うと小規模なのですが)が出来ました。すると当然、客は一気にそちら側に流れました。うちの一家だって例外では無かった。安いし、新鮮だし。それはチェーン店の強みでもある大量入荷による単価引き下げ、そして売れれば売れた分、また新鮮な食品が入荷出来ますし。すると、近所の商店街では店を閉める所が出てきました。今でいう所のシャッター街の始まりでした。そうして結構早い段階で、私はあの叉焼を食べられなくなった。

酒屋の衰退については、二つの段階で訪れました。私の父は「ビール=キリン」っていう人で、瓶をケースで配達してもらっていました。私がコーヒーを飲むようになる前は、ファンタのオレンジとグレープ(母の分も)で、これも配達してもらっておりました。ところが小学校の時、母から「今後は(ファンタは)瓶からペットボトルになるから配達してもらうのは止める」と言われたのです。それは晴れた昼下がりの台所で言われた一言。カラーで覚えてる。私が何を言い返したのかも。

ビールも缶に切り替えた人が多かったのか、瓶置き場だった敷地はほどなくして駐車場に変わったが、酒は生鮮食料品ではないので、持ち家の酒屋は規模を縮小しながらも経営を続けられたのですが、法律の改正でそれは変わってしまいました。コンビニやスーパーでもたばこ、酒類の販売が認められるようになったからです。

本作主人公の女子高生「嵐山歩鳥」の弟である猛は、「ゴルゴンの迷宮」というお菓子(のオマケ)の売っている所を探しに出かけたのですが、10分ほど後に、彼の別のクラスの友達である山本君が訪ねてきました。その目的はやはり「ゴルゴンの迷宮」。何だかんだあって歩鳥は、山本君と「ゴルゴンの迷宮」を探しに出かけました。ただ小学生の間で流行したものなので、ちょっとやちょっとじゃ見つからないわけです。そこで出てきたキーワードが「酒屋」

おっと、随分本題にうまく戻せた気がするぞ。

第44話「ざっくばらん」なのに…↓

第45話「逢えない二人」では?!

尚、本作は基本的に読み切りがデフォルトで、その回でオチが付かない場合は次回もその話になっているものの、例えばその話の後日談が2年後に明かされていたりというのは、他の作品でも見られますが、(タイムライン的に)以前の話に戻ったり、かと思えば次の話は後の話だったりするのは、あまり見かけません。これは「時系列シャッフル」となっており、この点は日月神示にそっくりです。

紫金之巻 第三帖

伊豆幣帛を 都幣帛に結び 岩戸ひらきてし。

ウヨウヨしている霊かかりに まだ、だまされてござる人民多いのう、
何と申したらわかるのであるか、奇跡を求めたり、我よしのおかげを求めたり、
下級な動物のイレモノとなっているから、囚われているから、だまされるのじゃ、
霊媒の行いをよく見れば すぐわかるでないか。早う目覚めよ。
因縁とは申しながら、可哀想だからくどう申して聞かせているのであるぞ、
マコトの道にかえれよ、マコトとは 〇一二三四五六七八九十と申してあろう、
その裏は十九八七六五四三二一〇で、合わせて二十二であるぞ、
二二が真理と知らせてあろう、二二が富士(不二・普字)と申してあろうが、
まだわからんか。

昭和36年記述日不明(1961年 皇紀2621年 辛丑)

第13話「それでも町は廻っている(前編)」では「天使」も出てくるのです。こういう所も…ダメ?

歩鳥が交通事故で死んでしまうこのエピソード、この先16巻まで続くというのに…。ちなみにアニメでは最終話「十二番地 それ町」で映像化されました。

第14話「それでも町は廻っている(後編)」。

歩鳥の後ろにいる人は案内係、本人に死という現実を実感させる、最も残酷で損な役回りなのですが、ここで歩鳥は実感する事になるのです。

私には前世の記憶がありません。…否、多分ほとんどの人もそう言う。輪廻転生があったとしても自分の前世での愛する人、家族、友人たちが現世で存命だったとしても、その大切な記憶が無いであろう事は想像に難くありません。お互い記憶がないままに再会して縁を結んでいるかも知れない、でもそんなことがあるのかどうかも分からない。だからこそそれは「かけがえが無い」であり「事実上のたった一度の人生」であり「これからなんてもうないんだ」と思うのです。このテーマについては「銀河鉄道999」のレビューの時にもう一度書きます。

何かレビュー言うよりは、単なる紹介記事だけのような気もしますが、これにて。